2017/05/06【感染危機】「聖なる大河」に漂う耐性菌 発熱・吐き気…体調不良の住民続出 /インド

【感染危機】「聖なる大河」に漂う耐性菌 発熱・吐き気…体調不良の住民続出 /インド

気温は40度近くに達し、少し動くだけで大粒の汗が噴き出てきた。間もなく酷暑の夏にさらされるインド東部の大都市コルカタの一角に250人ほどが住むスラムがある。ヒンズー教の「聖なる大河」ガンジス川に隣接する不法占拠地区だ。

川は茶色く濁っているのに、大人も子供も頭まで水につかって、体中びっしょりかいた汗を流す。傍らでは、女性が何食わぬ顔で食器や衣服を洗っていた。

子供の頃からここに住むジャグデュ・ガヤン(45)は「ここには水道がないから川の水を使うしかない。病気が増え出したのは10年ほど前だ」と話す。

下痢や発熱、皮膚病、吐き気…。住民には何の病気かは分からないが、体調不良を訴える人が子供を中心に何倍にもなったという。

3年前、ガンジス川で高濃度の耐性菌遺伝子が見つかったとの研究が発表された。調査したのは英ニューカッスル大とインド工科大デリー校のチーム。比較的水質が良いはずの印北部で検査した際、ヒンズー教の祭礼の時期に、耐性菌が持つニューデリー・メタロ-β-ラクタマーゼ1(NDM-1)と呼ばれる酵素の遺伝子が通常の時期の60倍の量で見つかり、危険な状態であることが判明した。

原因は、現地の汚水処理システムの能力をはるかに超える汚物が未処理のまま川に流されたためとみられる。耐性菌やその遺伝子は人間の腸内で生成されたと考えられ、耐性菌は沐浴(もくよく)する別の人に感染し連鎖的に増えていく可能性がある。

「薬屋が抗菌薬(抗生物質)を売るには医師の処方箋が必要なのに、インドでは誰もこれを守らない」

地元の科学ジャーナリスト、シャクン・パンディー(39)は顔をしかめながらこう述べ、「患者は不必要な場合でも抗菌薬を飲む。しかも中途半端な服用でやめてしまうことが多いため体内で耐性菌が増えていく」と続けた。

耐性菌はガンジス川からの浄水にも混入している可能性もあり、ニューカッスル大教授で研究チームのデビッド・グラハムは「無節操な人間と産業の排泄(はいせつ)・廃棄物の処理と管理をどうするかが耐性菌拡大を防ぐ上で最大の課題だ」と話す。

一方、パンディーは「養殖場や養鶏場では、魚やニワトリに感染症予防の抗菌薬を与えている。それを食べた人間に、耐性菌が蓄積される」と語った。

インドでは数年前から、治療を受けた経験のある患者がその後、欧米などの医療機関で改めて治療や検査を受けた際にNDM-1が発見される事例が相次ぐなど、危険が高まっている。

あるドイツ人男性(78)はニューデリーで昨年末に転倒して骨折、現地で手術した。帰国後、発熱したため病院で治療を受けたが抗菌薬が効かず、耐性菌の感染が判明。現在も発熱は治まらず、医師らは「具体的な感染経路は分からないが、時期はニューデリー滞在期間と考えられる」と話しているという。インドでは、耐性菌に関する政府の研究は進んでおらず、現状の脅威がどれほどかは不明のままだ。

人口が13億人を超える中国では医療現場での抗菌薬乱用が激しく、飲用水の抗菌薬汚染が社会問題化している。中国の研究機関、中国科学院の調査報告(2015年6月)によれば、中国の58流域の調査で主だった36種の抗生物質の排出濃度が最も高かったのは北京市、天津市、河北省などを流れる海河で、次いで香港、深セン市、マカオなどを結ぶ珠江デルタだった。

中国政府は16年夏、20年までの5カ年の計画を策定し、新型抗菌薬の開発や薬局における処方箋に基づく抗菌薬の販売の徹底などに取り組んでいる。ただ、それが奏功する保証はない。中印両国が手をこまねく耐性菌。日本の現状は一体どうなのか…。

対策は国の安全保障問題

抗菌薬(抗生物質)が効かない耐性菌の出現は、日本国内でも決して珍しくない。厚生労働省は「医療関係者の多くは、耐性菌は、入院患者間での蔓延(まんえん)など院内感染の問題と捉えている。しかし、耐性菌の感染は今や、市中で当たり前のように起きている」と警戒する。

1年前、国立成育医療研究センター(東京都世田谷区)感染症科医長の宮入烈(いさお)(47)は、急に産気づき早産となった妊婦について相談を受けた。出産直前、妊婦は発熱。血液からは細菌が検出されていた。「もしかしたら…」。宮入の頭に浮かんだのは薬剤耐性を持つ大腸菌の存在だった。ここ数年、薬剤耐性を持つ大腸菌を膣(ちつ)内に保有する妊婦は増えており、母親から赤ちゃんに菌が感染して新生児が敗血症などで死亡することもある。

菌を特定するには数日かかるが、待っていては治療が遅れてしまう。宮入は早産のため低体重で生まれてきた赤ちゃんにすぐ、さまざまな細菌に効果があり、「切り札」とされるカルバペネム系抗菌薬の投与を始めた。その後、赤ちゃんは無事に退院したが、態勢が整っていない医療機関であればどうなっていたか分からない。

もっとも、治療の成功例を語る宮入の表情は晴れない。カルバペネム系抗菌薬はあらゆる細菌に効果があることから、医療現場で便利に使われてきた。「その結果、カルバペネム耐性を持つ菌が出てきた。だからなるべく使わないようにしないといけない」。命を守るためには抗菌薬を使うほかないが、そうした治療が新たな薬剤耐性菌を生む可能性があるのだ。

実際に、カルバペネム系抗菌薬に耐性を持つ大腸菌などによる感染症は増えている。厚生労働省のまとめでは、日本は平成12年からの10年で人への抗菌薬使用量は減り、欧州に比べても特別多いわけではない。しかし、カルバペネム系を含む「セファロスポリン、その他のβラクタム」や「マクロライド系」の抗菌薬が欧州よりも多く使われている。

国立感染症研究所(東京都新宿区)によると、27年にカルバペネム耐性を持つ腸内細菌による感染症は1669例報告され、3・5%に当たる59人が死亡した。10歳未満の感染は37人で、年齢別ではこのうち0歳児(18人)が最も多かった。

薬剤耐性菌と抗菌薬のいたちごっこを象徴する感染症は他にもある。かつて4年ごとに流行し、「オリンピック病」と呼ばれていたマイコプラズマ肺炎だ。学童期の子供に肺炎を起こしやすく、その場合は抗菌薬で治療が行われる。

このマイコプラズマ肺炎にかかる子供が増えている。流行は4年ごとではなくなり、23~24年にかけては大流行した。

マイコプラズマ肺炎に使える抗菌薬は少ないが、かつてはほぼ全例にマクロライド系抗菌薬が効いた。ところが、10年ほど前から、この抗菌薬が効かない耐性菌が増えているのだ。

「地域によっては8~9割が耐性菌による感染で、23~24年の大流行時に当院で治療した患者は、ほぼ全例が耐性菌でした」と宮入は振り返る。流行が大きくなれば、脳炎などを併発して重症化する患者も増えてくる。幸いこのときの耐性菌の毒性は高くなかったが、「毒性が高かったら大変だっただろう。いつそんな耐性菌が出てくるかは分からない」と宮入は危惧するのだ。

今年1月、世界を震え上がらせる耐性菌のニュースが、米疾病対策センター(CDC)からもたらされた。昨年9月に米ネバダ州で死亡した70代女性が、米国内で利用可能な全抗生物質(26種)に耐性を持つ細菌、いわゆる“スーパー耐性菌”に感染していたというのだ。女性はインドの病院で骨折の治療を受けたことがあり、耐性菌はそこから持ち込まれた可能性が高い。

国立国際医療研究センター(東京都新宿区)の国際感染症センター長、大曲貴夫(45)は「米国では耐性菌の問題は国の安全保障であるという考え方で保健対策が行われている」と話す。現在ある全ての抗菌薬が効かない菌が広がれば、それは一国家にとどまらず、人類の危機となる。武器となる新たな抗菌薬の開発が急がれる一方で、耐性菌を増やさないための対策も早急に進める必要がある。(敬称略)

http://www.sankei.com/wor…/news/170506/wor1705060007-n1.html

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