2018/07/28【感染症対策】フルーツや氷、動物にも注意 海外旅行の感染症対策
【感染症対策】フルーツや氷、動物にも注意 海外旅行の感染症対策
気になる感染症について、がん・感染症センター都立駒込病院感染症科部長の今村顕史さんに聞く本連載。今回のテーマは「海外渡航と感染症」。
近年は日本から世界各国へ渡航する人が増え、海外からも多くの外国人旅行者が日本を訪れるようになっている。海外渡航がより身近になった今、感染症から身を守るための情報を知っておくことが必要だ。
特に、夏休みに海外旅行を予定している人は、事前に必要な準備や現地での対策、帰国後の体調不良が現れた場合の対応について心得ておきたい。
【ココがポイント!】
●海外渡航前には、渡航先の感染症情報を余裕を持って調べておく
●ワクチンで防げる感染症は、免疫が十分でなければ予防接種を
●衛生状態の悪い地域では、生水や氷、サラダなど生の食べ物に注意
●肉や魚介類を食べるときは、十分加熱したものを
●蚊やダニに刺されないよう、肌の露出は少なめに。蚊は効力の高い虫よけ剤で防御する
●野生の動物や鳥にはむやみに触れない
●帰国後に体調不良を感じたときは、トラベルクリニックや感染症科のある医療機関に連絡をしてから受診を
●日本国内でも、海外から持ち込まれる輸入感染症への注意が必要
■事前に渡航先の感染症情報を調べておこう
――夏休みを前に、海外旅行を予定している人も多いと思います。そこで今回は、「海外渡航と感染症」をテーマにお話を伺います。
世界では様々な感染症が流行しています。2018年の春に沖縄から感染が広がった麻疹(はしか)は、台湾からの旅行者により持ち込まれました。この連載の第1回「はしか流行 感染を防ぐには予防接種が必須」で解説した通り、日本の麻疹は2015年から、3年以上国内由来の発生がない「排除状態」となっています。
しかし、海外ではいまだに流行している国や地域があり、特に報告数が多いのは、中国、インド、モンゴル、パキスタン、ナイジェリアなどです。最近では、日本人観光客もよく訪れるフランスやイタリアなどのヨーロッパ諸国でも流行が見られています。
日本と衛生環境が大きく異なる地域では常に感染症のリスクがありますし、亜熱帯・熱帯地域などでは日本では見られない感染症も多く存在します。海外へ渡航する前には、訪れる国や地域で発生している感染症についての情報を知っておくことが必要です。
――自分が訪れる国や地域で流行している感染症などの情報は、どのように入手すればいいでしょうか。
お勧めできるのは、厚生労働省検疫所が開設している「FORTH」( https://www.forth.go.jp/index.html )のホームページです。FORTHでは海外の感染症の最新動向や予防法などについて情報提供を行っています。
トップページに示されている世界地図から渡航を予定している地域を選択すると、現地の感染症の流行状況や気をつけたい感染症についての情報をはじめ、接種しておきたいワクチンの情報なども示されています。
■ワクチンで防げる感染症は予防接種を
――海外渡航前には、予防接種を受けておいたほうがよいのでしょうか。
ワクチンで防げる感染症については、早めに接種しておくといいでしょう。例えば、衛生状態の悪い地域で感染のリスクが高いA型肝炎は、かつては日本でも流行していたので高齢の方の多くは抗体を持っていますが、若い人は感染のリスクがあります。A型肝炎ワクチンは、2~4週間の間隔で2回の接種が必要です。さらに、半年後に3回目を接種すると免疫が強化されて、5年間は有効とされています。
麻疹や風疹なども、これまでかかったことがない人や、予防接種の回数が1回以下の人は、免疫がないか不十分なので、やはり渡航の2~4週間以上前にMR(麻疹風疹混合)ワクチンを接種しておくといいでしょう(どんな人が予防接種が必要かについての詳細は「はしか流行 感染を防ぐには予防接種が必須」参照)。
予防接種はワクチンの種類によって、必要な回数や間隔が異なります。また、黄熱が流行しているアフリカや南米の熱帯地域では、入国の際などに英文の予防接種証明書の提示を求められる場合があるので、医療機関に発行してもらう必要があります。渡航先の感染症に関する情報は、なるべく早めに確認して、余裕を持って準備をするようにしてください。
――予防接種を受けたい場合は、どうしたらよいでしょうか。
海外渡航者を対象としたトラベルクリニックや、感染症科などの渡航感染症を扱っている医療機関を受診して相談します。FORTHのサイトのトップページにある「海外渡航者向けの予防接種実施機関(検索)」でも全国の医療機関を検索できるので、お住まいの都道府県や受けたいワクチンなどの条件を選択して調べてみるといいでしょう。
■飲料水だけでなく、氷やサラダにもリスクが
――渡航先で感染を防ぐためには、どのような注意が必要でしょうか。
それにはまず、主な感染の原因を知っておくことです。感染の主な経路は、次の3つに分けられます。
【病原体に汚染された飲み水や食べ物による感染】
A型肝炎、赤痢、コレラ、腸チフスなど
【蚊やダニなどを介しての感染】
「蚊」…デング熱、ジカウイルス感染症、マラリア、黄熱など
「ダニ」…ダニ媒介性脳炎、ライム病、ツツガムシ病など
【動物を介しての感染】
「ラクダ」…中東呼吸器症候群(MERS)
「犬、コウモリ、アライグマなど」…狂犬病
「ニワトリ」…鳥インフルエンザ
――なるほど、感染の原因によって、必要な対策も違ってきますね。
その通りです。A型肝炎や赤痢、コレラなど飲み水や食べ物による感染を防ぐには、衛生状態の悪い地域では、生水や生ものは口にしないようにします。
ただ、飲料水に気をつけていても、感染するケースがあります。例えば、汚染された水道水で氷を作っていたり、野菜やフルーツを洗っていたりすると、氷やサラダ、カットフルーツなどを口にすることでも感染するリスクがあります。
また、アジア地域では屋台を訪れるのも旅の楽しみの一つかもしれませんが、屋台は店舗とは衛生環境が異なるので、十分注意が必要です。特に、肉や魚介類は、しっかり加熱されたものを食べるようにしてください。
■虫よけ剤は、効力の高いものを選ぶ
――蚊やダニによる感染対策はいかがでしょうか。
蚊やダニが多い場所に行く場合は、長袖シャツと長ズボンを着用するなど、できるだけ肌の露出を少なくしましょう。また、蚊が媒介するデング熱やジカウイルス感染症を防ぐには防除用医薬品の虫よけ剤(忌避剤)が有効です。日本国内で販売されている虫よけ剤は、主成分がディートのものと、イカリジンのものの2種類があります。
デング熱は日本国内でも2014年に、東京の代々木公園を中心に流行したのを覚えている人も多いでしょう。日本ではそれを契機に、効力の高いディート30%やイカリジン15%の虫よけ剤が承認、販売されました。いずれも約6時間程度の効力が持続しますが、ディート30%の製品は12歳未満には使用しないよう推奨されているので、お子さんがいる場合はイカリジン15%の製品を選ぶといいでしょう(「蚊の虫よけ剤、濃度で違う プロが教える賢い使い分け」参照)。ただし、効力が長く持続するといっても、汗をかいたり水に濡れたりした場合は、つけ直す必要があります。
いずれにしても、虫よけ剤は製品の使用上の注意に明記されている対象害虫や成分、用法などを確認してから購入・使用するようにしてください。
――野生動物や鳥などを介しての感染を防ぐためには、どのような注意が必要でしょう。
2015年に韓国でも流行した中東呼吸器症候群(MERS)は、中東地域を訪れた1人の男性から感染が拡大しました。MERSを引き起こすコロナウイルスは、中東地域のヒトコブラクダが主な発生源となっているので、中東地域を訪れる際はラクダとの接触を避け、ラクダの未加熱肉や未殺菌乳なども口にしないよう注意します。
日本では狂犬病は輸入感染症となっており、それも2006年にフィリピンへの渡航者が帰国後に発症した事例以来、10年以上発生報告はありません。ただし、日本やオーストラリア、ニュージーランドなどの一部の国や地域を除いては、世界中で発生していて感染のリスクがあります。狂犬病は発症すると、ほぼ100%死亡する恐ろしい病気です。
狂犬病という名前から、犬にかまれなければ大丈夫だと思われがちですが、狂犬病のウイルスは犬に限らず、コウモリやアライグマをはじめとする多くの哺乳動物の唾液に含まれています。従って、野生の動物や鳥にもむやみに触れないようにしてください。
■帰国後、2週間程度は下痢、発熱、発疹などに注意
――感染症にかかると、どのような症状が表れますか。
感染症の種類によって、感染してから発症するまでの潜伏期間や、出現する症状も様々なので一概には言えませんが、数日から2週間以内が多く、病気によっては1カ月以上で発症するものもあります。代表的な症状は、下痢、発熱、発疹で、腹痛や嘔吐(おうと)などを伴うこともあります。
日本でも流行したデング熱を一例として挙げると、ウイルスを持ったネッタイシマカやヒトスジシマカに刺されて発症する場合は、1週間程度の潜伏期間のあと、40度程度の高熱が出て、頭痛や関節痛などの症状が表れます。その後、数日で解熱し、回復していく過程では発疹が見られます。デング熱患者の一部は重症化することがあり、まれに死亡することもあります。
狂犬病はウイルスを保有する動物にかまれたり引っかかれたりすることで感染し、脳炎を発症すると、ほぼ100%死亡してしまいます。ウイルスは傷口から神経を介してゆっくり脳に向かうため、かまれる場所によって発症までの期間は異なります。例えば、手をかまれたときには、発症までに数カ月かかることもあります。
――海外渡航後に下痢、発熱、発疹などの症状が表れた場合、どのように対応すればよいでしょうか。
まずは、海外渡航後の感染症に対応しているトラベルクリニックや感染症科のある医療機関に連絡をしてください。先ほどご紹介したFORTHの「海外渡航者向けの予防接種実施機関(検索)」で検索できる医療機関では対応が可能だと思いますが、最寄りの医療機関が見つからない場合などは、保健所に連絡をして相談してもいいでしょう。そして、渡航した国や地域、渡航期間、症状が表れた時期、症状の経過や現状を伝えます。専門の医療機関であれば、それらの情報から感染の有無を判断しやすくなります。
感染症の可能性があり、受診を指示された場合は、マスクを着用する、一般とは違う窓口で受付をするなど、受診の方法も確認してください。いきなり受診してしまうと、感染を拡大させる恐れがあります。
■海外から持ち込まれる感染症にも気をつけて
――今村先生は、麻疹など海外から持ち込まれる輸入感染症への注意も呼びかけていらっしゃいますね。
近年は海外からの旅行者が増え、これからは東京オリンピック・パラリンピックの観戦者などさらに多くの人が日本を訪れます。そうしたときには、海外から様々な感染症が持ち込まれるリスクも高くなります。
例えば、東京オリンピックは日本では真夏に開催されることになりますが、季節が冬となる南半球の国や地域から訪れる人によって、インフルエンザが拡大する可能性もあります。さらに、東南アジアでは1年を通じてインフルエンザが発生しているので、季節を問わず注意する必要があります。
今後は海外でも日本でも、感染症に関する正しい知識と対応を知っておくことが、ますます大切になってくるでしょう。
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