【耐性菌】難敵耐性菌を制圧した英国の“王道”政策
抗菌薬の過剰使用を考える【7】
既存の抗菌薬が効かず、アメリカでは年間3万人を死に追いやっているクロストリジウム・ディフィシル(以下「CD」)。次第に種類が増えてきている薬剤耐性菌のなかでも現在最も厄介な、いわば横綱級の耐性菌です。糞便移植という“秘密兵器”はあるものの、実用化にはまだまだほど遠く、実際には悪化して抗菌薬が効かなければ、もはや打つ手がありません。しかし、このCDを10年足らずで8割も減少させることに成功した地域があります。イングランド(注1)です。
クロストリジウム・ディフィシル感染を8割減少
「イングランドにおけるCDの発生率は2006年以降約80%減少した。それは国家統制政策(national control policies)の結果である」
医学誌「The Lancet Infectious Disease」2017年1月24日号オンライン版(注2)でこのような報告がおこなわれました。イングランドでは、21世紀に入ってから急激に感染者が増加していたCD感染を脅威と考えた当局が、国を挙げて感染者減少を目指す取り組みを始めました。彼らが取った主な対策は二つ。一つは全般的な院内感染予防を徹底すること、もう一つは抗菌薬の使用制限です。
カギはニューキノロン系抗菌薬の使用制限
この政策は見事に功を奏し、上述の論文によると06年から13年の間になんと80%ものCD感染減少に成功しました。そのプロセスを分析した結果、最も効果があったのは「特定の抗菌薬の使用を控えること」でした。その抗菌薬とは「ニューキノロン系」です(注3)。なぜ、ニューキノロン系抗菌薬の使用を控えたことがCD感染減少につながったと断定できるのか。それは、ニューキノロン系抗菌薬に耐性を持ったCDの減少率が際立っていたからです。地域によっては、06年時点でニューキノロン耐性CDが占める割合が67%もあったのに、13年には3%にまで減少しました。
米国で大きく報道されたイングランドの成果
ところで、医学誌に興味深い論文が掲載されると一般のメディアが取り上げて分かりやすく解説することがあります。これは日本でも同じで、例えば「納豆が脳卒中に有効」といった研究が英文の医学誌に掲載されると日本の新聞などでも紹介されます。「特定の抗菌薬の使用を控えれば8割ものCDが減少した」という報告を大ニュース(特ダネ)と考えた私は、英国のメディアのウェブサイトで検索をかけてみました。英国のニュースソースで私がよく参照するのはインディペンデント(Independent)とガーディアン(Guardian)の新聞2紙、そして放送局のBBCです。ところが意外なことに3社のサイトに、この論文関連のニュースが見当たりません。そこでGoogleで検索をかけてみると米国の通信社UPIが大きく取り上げていることがわかりました。
UPIの報道の切り口が非常に興味深いので紹介したいと思います。記事のタイトルは「イギリスの病院での“スーパーバグ”の大発生は抗菌薬の使いすぎが原因」で、スーパーバグとはもちろんCDのことです。この記事のなかで最も注目すべき点は、ある識者の次のコメントです。
「今回の知見は国際的に重要である。なぜなら、北米のようにニューキノロン系抗菌薬の処方が制限されていない地域では、依然としてCDが流行しているからである」(筆者訳)
UPIはアメリカのメディアですから、自国の国民に注意を促すために「北米のように」という表現を用いています。記者は、米国では2011年に約50万人がCDに感染し約2万9000人が1カ月以内に死亡したことも合わせて紹介しています。私の知る限り、日本の一般のメディアはこの論文のことを取り上げていませんが、もしも私がジャーナリストなら「北米のように」ではなく「日本のように」として記事を書きます。そうです。日本では(おそらく米国以上に)ニューキノロン系の使用がいわば「野放し状態」なのです。
なぜ患者さんは「抗菌薬をいつももらっています」と言うのか?
「今日はクラビットをください。以前通っていたクリニックでは毎回風邪を引くとクラビットを出してもらってたんです……」
このようなセリフを患者さんから何十回聞いたでしょうか……。クラビットとはニューキノロン系の抗菌薬です。つい先日もある患者さんから同じような言葉を聞いてショックを受けました。この患者さんの風邪症状はクラビットが必要どころか、抗菌薬自体が不要、つまりウイルス性の感冒です。全身状態が良好で発熱も微熱程度で、咽頭スワブのグラム染色で細菌感染を示唆する所見もありません。それ以上の検査はするまでもなく「ウイルス性」と診断できます。
不要な抗菌薬の処方をする医師がいる?
もちろん前医での風邪は細菌性のものでありそのときは他の抗菌薬でなくクラビットが必要だったのかもしれません。しかし「毎回風邪に……」と聞くと、本当に必要だったのか疑わざるを得ません。そして、同じことを言う患者さんが少なからずいるのです。ということはクラビットを簡単に処方しすぎている医師がいるということになります。私は過去のコラム「『医師は抗菌薬を使いすぎ』は本当か?」で、別の医師が後からカルテをみて抗菌薬は不要だったと判断することには疑問があると述べました。しかしながら、あきらかにウイルス性で軽症の患者さんから「毎回風邪にクラビット」と繰り返し言われると不要な処方をする医師の存在を否定できません。
腸内フローラを壊滅させる抗菌薬 患者も正しい知識を
ニューキノロン系の抗菌薬はクラビット以外に、タリビッド、オゼックス、シプロキサン、スオード、アベロックス、ジェニナック、グレースビットなどがあります(すべて先発品の商品名)。ニューキノロン系は、多くの種類の細菌に作用しますが、特にグラム陰性菌には著効します。そして腸内細菌の多くは、大腸菌、クレブシエラ、セラチアなどのグラム陰性菌です。つまり、ニューキノロン系抗菌薬を使えば、腸内細菌の多くが死滅してしまい腸内フローラが大きく乱されます。その結果はびこるのがCDです。また、ニューキノロン系は結核にも“多少”効きます。それはは「いいこと」ではありません。中途半端に効くことで、結核の診断が遅れてしまうからです。
抗菌薬のなかでも特にニューキノロン系の使用を控えましょう、というのはもちろん医師に対して発信すべきメッセージです。しかし、毎回風邪にクラビットを処方する医師が存在するならば、患者さんの方も正しい知識を持つべきだと思います(注4)。感染症は「知識で防ぐ」が原則だからです。
http://mainichi.jp/…/…/articles/20170317/med/00m/010/011000c