【HIV】HIVとエイズ…日本の感染者・患者はなぜ減らない?
はじめまして。感染症を専門にしている岩田健太郎、略してイワケンと申します。これから、いろいろな感染症の話をしますね。
第1回のお題はエイズ(後天性免疫不全症候群)です。
エイズは、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)が原因の感染症です。
どの感染症にも、固有のうつり方(感染経路)があります。HIVにもいくつかありますが、現在の日本で一番多い経路はセックスによる感染、すなわち「性感染」です。
「死のエイズ病棟」から「元気で通院」の時代へ
厚生労働省エイズ動向委員会による「平成28(2016)年エイズ発生動向」によると、同年に日本国内で報告された「HIV感染者」と「エイズ患者」の合計数は1448人でした。この合計数は、ここ10年、ほとんど変化していません。
世界で最初にエイズ患者がみつかったのは1980年代の米国で、当時は「死に至る、不治の病」でした。
それが、90年代後半、非常に効果的な抗ウイルス療法(ART)が開発され、事態は激変します。ARTのおかげで、HIV感染者は感染していない人とほとんど同じくらい長生きできるようになりました。このため、米国内にたくさんあった「エイズ病棟」はどんどん閉鎖されていきました。
ぼくは98年から2002年まで、ニューヨーク市で研修医をしていたので、エイズ病棟の患者が「どんどん亡くなっている」状態から、ほとんどの患者が「元気に通院している」状態に変わっていくのを目の当たりにしました。
米国には今も、HIV感染者・エイズ患者がたくさんいます。ニューヨーク州では2015年、新たに約4500人の感染者・患者の発生が報告されています。同州だけで、日本よりもずっと多いのです。ただ、この十数年間で、同州の発生数は半分以下になっています。00年の同州の新規の感染者・患者の報告数は12000件以上でした。
プライベートな「性」の問題…公的介入の難しさ
一方、日本ではここ10年の間、毎年新たな「HIV感染者」と「エイズ患者」が、計1400人以上発生しています。治療法が劇的に進歩して、患者がすぐに死亡する可能性は低くなっているので、全体の患者数は、毎年どんどん増えているのです。このような事態を看過していてよいわけがありません。一説によると、患者1人あたりの治療費は生涯で1億円にものぼるそうです。
とはいえ、セックスでうつる性感染症の対策は、容易ではありません。
性感染症は、1)セックスをしない 2)コンドームを着用する――ことが、効果的な予防策です。何が効果的なのかは、はっきりと分かっている。
しかし、「言うはやすし、行うは難し」です。感染する可能性があっても、セックスする人はするし、コンドームを着用しない人も多いのです。そしてこれは単なる「知識の問題」ではありません。「分かっちゃいるけど、やめられない」なのです。この原稿を執筆している今も、日本では梅毒の増加が問題になっています。梅毒もやはり性感染症です。
プライベートな「性」の問題に対しては、実行性のある(結果の出る)公的介入や対策は立てにくいのです。
「新規患者ゼロ」目標…世界と日本の違い
しかしながら、HIV/エイズはそうではありません。性感染症の中では例外的に、その数を大きく減らすことができるのです。
すでに患者数の大幅な減少に成功しているニューヨーク州。2020年までに新規患者を750人まで減らす計画を立てました。つまり、州内の患者を、「現在の日本の新規感染者と患者の合計数」の半分にする、ということです。最終的には「新規患者ゼロ」が目標です。
では、なぜ、HIV/エイズでは、そのようなことが可能なのか、と思いませんか。
最大の秘密は治療にあります。ARTを早期に始めると、他人にうつりにくくなるからです。
最近の研究では、ARTを受けていれば、コンドームなしでセックスしても、HIVにはほぼ感染しないそうです。
このように、新たなHIV感染者・エイズ患者を減らす方法は確立されており、世界各国で実践されています。
翻って日本では、新規の感染者・患者数は減っていないし、感染者が見つかっても、すぐには治療を始められません。このために感染拡大も防げません。
理由の一つは、身体障害者認定や拠点病院制といった古いHIV/エイズ対策の制度です。当初は患者を守るために作られた 煩瑣はんさ な書類作業や紹介手続きが、迅速な治療を妨げています。
日本にはたくさんの感染症対策に関する法律やしくみがあります。しかし、感染対策は「結果」が全てです。結果が出なければ、やっていないのと同じなのです。
ぼくらも、ぜひ効果的な方法を駆使して、日本での新規のHIV感染者をゼロにしたい。そのため、古いシステムを刷新し、早期診断・早期治療を徹底して、新たな感染者の発生を防ぐことが大切です。そしてそれは、日本でも実行が十分に可能なリアルな目標なのです。