
清潔さや衛生管理が行き届いている日本社会では、信じがたいことだが、いまでも生の魚を食べて寄生虫に感染するケースは少なくない。
生鮮魚の輸送流通システムの発達によって、かつては北海道や東北、北陸地方が多かったが、近年は全国的に見られるようになり、首都圏でも千葉県の男性が禁止されている豚肉の生レバーを食べてサナダムシに感染する事件が2016年にあった。しかしインドでは18歳の男性の脳内で、多数のサナダムシの幼虫が見つかった!
豚肉に潜むサナダムシ
マサチューセッツ内科外科学会が発行する医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に3月28日に掲載された報告書によると、インドの首都デリー近郊にあるファリダバドという町に住む18歳の青年がある日、てんかんの発作を起こして大学病院の救急外来に搬送された。
ESIC医科大学病院のニシャントゥ・デブ(Nishanth Dev)医師が両親に尋ねたところ、患者は1週間前に右足のつけ根の鼠径部に痛みがあり、右眼のまわりが腫れていて、右の精巣にもコブ状の嚢胞(のうほう)があるなど、右半身に異常を訴えていた。
そこで体内を断面状に調べるMRI検査を実施した結果、大脳と小脳のいたるところに多数のサナダムシの幼虫が寄生しているのが見つかった。幼虫が中枢神経に侵入すると、「神経嚢虫(のうちゅう)症」を引き起こし、けいれんや平衡感覚の乱れなどさまざまな症状を引き起こす。
汚染された加熱不十分な豚肉を食べたあと、成虫が腸内で卵を生み、孵化した後に幼虫が腸壁から体内に侵入し、血流を介してさまざまな臓器に移行することで発症する。症状が起こるまでは数年かかることもあるため、何年も無症状の場合もあるという。
この18歳の青年の場合は、幼虫の数が多すぎて抗寄生虫薬を投与すると、脳が炎症を起こしたり、視力を失うおそれがあった。そこで抗てんかん薬と炎症をおさえるステロイド剤による治療を始めたが、その甲斐もなく2週間後に死亡した。
日本では豚肉を生で食べる習慣がないため、鮭やマスなどの魚に潜む幼虫が原因になるケースが多く、国立感染症研究所の寄生動物部では2007年から11年間で114件の診断を行ったほか、学術誌の症例報告数を加えると440件近い発生があるというから、年間に平均で40件以上発生していると考えられている。