2018/03/16【ネコインフルエンザ】猫のインフルエンザは人にうつる? 予防法や国内での流行の可能性を獣医師が解説
【ネコインフルエンザ】猫のインフルエンザは人にうつる? 予防法や国内での流行の可能性を獣医師が解説
2016年12月、米国ニューヨークで、猫500匹以上がインフルエンザウイルスに感染しました。この時、感染した猫の治療を行った獣医師のうち一人も呼吸器症状を示し、このウイルスに感染したことがわかっています。このときのウイルスは、鳥インフルエンザウイルス由来のものがヒトや他の哺乳動物の呼吸器でよく増えるように変化したものと考えられています。
今回は、2016年12月から2017年2月にかけて、ニューヨークで500匹以上の猫が感染した「H7N2ネコインフルエンザウイルス」の話にスポットライトをあてて、猫のインフルエンザについて野坂獣医科院長の野坂が解説します。
インフルエンザウイルスの流行
インフルエンザウイルスにはA型、B型、C型とD型があります。A型のインフルエンザウイルスは宿主域が広く、ヒトや鳥、豚などの動物が感染します。B型とC型は、一般にヒトだけが感染し、D型は主に牛が感染します。犬や猫でのインフルエンザウイルスの流行の初めての報告は最近で、2004年に犬での流行が報告されました。その後、犬では「H3N8」および「H3N2インフルエンザウイルス」の流行が韓国や米国などで報告されています。
猫では、最近まで1件しか報告されていませんでした。2009年にイタリアの90ケージで構成された施設で、「新型H1N1パンデミックウイルス」によって半数の猫が症状を示し、25匹の猫が死亡しました。そして、2016年12月に、H7N2ネコインフルエンザウイルスが猫で流行しました。
H7N2ネコインフルエンザウイルスとは
H7N2ネコインフルエンザウイルスは、A型のインフルエンザウイルスです。2016年12月から2017年2月にかけて、ニューヨークで500匹以上のネコが呼吸器症状を示し、そのネコから分離されたウイルスです。治療を行なった獣医師の一人も感染したことがわかっています。東京大学や日本中央競馬会、米国農務省などの共同研究チームがこのウイルスを性状解析しています。
このウイルスは、鳥インフルエンザウイルス由来のもので、哺乳類の呼吸器でよく増えるように変化したことがわかっています。すなわち、1990年代後半から2000年代初めにかけて、米国のトリ市場で何度か報告されていた鳥のインフルエンザウイルスが由来で、そのウイルスが猫に感染したものだと考えられています。そして、500匹以上の猫の間で伝播し、その間に変異したものと考えられています。
性状解析をしてわかったこと
ウイルスの由来を調べると、低病原性H7N2鳥インフルエンザウイルスに由来するウイルスが猫に感染し、500匹以上の猫にインフルエンザが流行したことがわかりました。発症した猫には、咳やくしゃみ、鼻水などの軽度の呼吸器症状が認められ、そのほとんどは回復しました。ウイルスの性状解析の結果、感染した哺乳動物には顕著な症状を示さないものの、哺乳動物の呼吸器でよく増えることがわかりました。猫への感染実験をしたところ、著しい症状は示さなかったそうです。
猫間を感染し続けることにより、ウイルスが猫の体で増殖できる能力を身に付け、その増殖したウイルスが猫間を伝播する能力(接触感染と飛沫感染)も身に付けたことが分かっています。つまり、低病原性H7N2鳥インフルエンザウイルスは猫の鼻でのみ増殖しますが、H7N2ネコインフルエンザウイルスは猫の鼻だけでなく、肺および気管でも増殖するようになったのです。
猫以外の哺乳動物での病原性
このウイルスは鳥インフルエンザウイルスが由来ですが、感染するのは哺乳動物の中で猫だけではありません。いくつかの哺乳動物でよく増殖することが分かっています。インフルエンザウイルスの感染実験モデル動物であるフェレット間でも接触感染することが分かっています。また、マウスを使った実験では鳥インフルエンザウイルスよりも、このウイルスがマウスの鼻で効率よく増殖することが分かっています。そして最後に、流行時に猫の治療を行った獣医師のうちの一人が呼吸症状を示し、このウイルスに感染していることが分かっています。
猫はインフルエンザの中間宿主になる?
猫で流行したインフルエンザウイルスがマウスで効率よく増殖し、フェレット間で伝播し、ヒトにも感染したということから、猫が哺乳動物へインフルエンザウイルスを媒介する中間宿主となる可能性が十分にあることが考えられます。つまりペットとして、ヒトと身近な存在である猫がインフルエンザウイルスを媒介するという可能性が明らかになったのです。
これで別の鳥インフルエンザウイルスや新たなインフルエンザウイルスが、猫からヒトに感染する可能性があるので、インフルエンザの対策をする際に、猫を中間宿主として考慮する必要が出てきました。
国内でもインフルエンザが猫で流行する?
猫は、ヒトと身近な存在であるコンパニオンアニマル(伴侶動物)です。さらに、最近は室内だけで飼う飼い主さんも多くなってきていることから、一昔前に比べてよりヒトと身近な存在になってきています。そのため、猫のインフルエンザウイルスが国内で流行することが心配になります。
基本的にインフルエンザウイルスは容易に猫に感染しない上に、今までに猫でインフルエンザウイルスが流行したという報告は2件と少なく、いずれも多頭飼いの施設での報告です。ウイルスが哺乳類での増殖能力を身に付け、猫がヒトへの感染源になる可能性は低いことを理解しつつも、冷静に監視を続け、対応する必要があると考えられます。
H7N2ネコインフルエンザウイルスの治療法
H7N2ネコインフルエンザウイルスは、抗ウイルス薬「ノイラミニダーゼ阻害剤」に対し、感受性が高いことがわかっています。ヒトが感染した場合、既存のノイラミニダーゼ阻害剤が有効であるとされています。これに対して、猫が感染した場合、猫用のノイラミニダーゼ阻害剤は無いので、対症療法や、栄養補給、補液などの治療を行なうこととなります。また、細菌感染を伴う場合には、抗生物質なども必要になります。
人間のインフルエンザは猫にうつる?
米国の話になりますが、人間のH1N1パンデミックウイルスが飼い猫に感染したという報告があります。感染した猫の中には死亡例も報告されています。H1N1パンデミックウイルスは猫だけでなく、犬や豚などの動物に感染しています。幸いにも豚を除いた動物では、流行し、拡大することがなく、さらに感染した動物からヒトへ逆方向に感染したという報告もありません。
このH1N1ウイルスは、鳥だけでなく哺乳動物である豚および人間のウイルスを由来とする遺伝子交雑体と考えられており、病原性を評価するためにさまざまな動物を用いた感染実験が行われています。感染実験の結果、マウスやフェレットなどにおいて、季節性インフルエンザウイルスと比較して顕著な症状を引き起こすことが明らかになっています。
これらのことから考えても、新型インフルエンザウイルスといわれたH1N1パンデミックインフルエンザウイルスが、人間から同じ哺乳動物である猫にも感染したことはおかしくないものと考えられます。もっとも、H1N1パンデミックインフルエンザウイルス以外の季節性インフルエンザが飼い猫に感染したと考えられた例もいくつかありますが、猫での病原性は低いものとされており、重症化することはまれです。
季節性インフルエンザに飼い主さんが感染した場合、神経質になることは無いのですが、可能であれば飼い猫と少しだけ距離を置いた方が良いかもしれません。
猫が鳥インフルエンザにかかることはある?
国内での発症例は、1942年(昭和17年)の論文で中村博士らが、飼い猫の死亡原因が高病原性鳥インフルエンザウイルス(以前は家禽ペストと呼ばれていました)の感染であることを証明しています。また、70年以上前から高病原性トリインフルエンザウイルスが猫に自然感染していたことも述べられています。
国外での発症例
2004年に東南アジアのタイで猫がH5N1インフルエンザウイルスに感染し、死亡しました。この猫は、死亡する5日前に鳩の死骸を食べていることが分かっています。猫は呼吸症状を含めた臨床症状を示し、発症してから2日目に死亡しました。死亡した猫から、H5N1ウイルスが分離されており、猫の周辺では多くの鳩が死亡していました。これらの死亡した鳩からは、同じ型のウイルスが分離されました。
このことから、自然環境でも、猫はインフルエンザウイルスに感染した鳥を食べることによってインフルエンザウイルスに感染することが分かっています。ほかにも、2006年にドイツの飼い猫でH5N1ウイルスの感染が確認されています。
実験感染
鳥インフルエンザウイルスを猫に実験感染させた報告もあります。オランダのチームが、アジアで流行したH5N1ウイルスを子猫に実験感染させたところ、全ての猫で症状が認められ、死亡した猫も認められた。また、H5N1ウイルスを実験感染させた猫と、感染させていない猫を同居させたところ、感染させていない猫にも臨床症状や肺病変が認められました。このことから、猫同士の水平感染が証明されました。
さらに、鳥のヒナにH5N1ウイルスを実験感染させ、このヒナを猫が食べたところ、臨床症状や肺病変が認められました。このことから、猫は餌を食べることでも感染が成立することが証明されました。
ネコ科の動物(トラやヒョウ、ホワイトタイガーなど)
2003年にタイの動物園でトラとヒョウがそれぞれ2頭死亡しました。鶏の死骸を餌にしたところ突然死亡したということで、死亡した動物の臓器からH5N1ウイルスが分離されました。この動物園の周辺では、多数の鶏が鳥インフルエンザの感染兆候である呼吸器症状や神経症状を示して死亡していました。
さらに2004年、バンコクの動物園ではウンピョウとホワイトタイガーが感染し、鶏の死骸を食べた441頭のトラのうち147頭が死亡、あるいは安楽死させられました。この動物園の他の鳥類や哺乳動物が感染したという報告はありませんでした。
猫のインフルエンザの予防法
猫のインフルエンザのワクチンは国内にはありません。鳥インフルエンザウイルスに感染して死亡した野鳥に近付かない、食べさせないなどの接触を避けることも有効な予防法となります。
可能性は低くても愛猫の感染症予防に注意を
これまで猫のインフルエンザの話題は少なく、インフルエンザと類似した呼吸器症状を引き起こす猫ヘルペスウィルス感染症や猫カリシウイルス感染症などを称して、猫のインフルエンザと呼ばれることもあります。
毎年、冬になると「猫にインフルエンザはあるのか?」と聞かれることがありましたが、東南アジアの鳥インフルエンザ流行地域における猫やネコ科の動物への鳥インフルエンザウイルスの感染例を紹介した通り、猫も条件が整えば鳥インフルエンザウイルスに感染することがわかっています。また、鳥インフルエンザウイルスが猫で経口感染や猫同士の水平感染をすることもわかっています。
そして、H7N2ネコインフルエンザウイルスは鳥インフルエンザウイルス由来のもので、哺乳動物の呼吸器でよく増殖し、猫同士で接触感染および飛沫感染をすることがわかっています。このウイルスが猫を介して、ヒトやそのほかの動物に伝播する可能性があるとも考えられています。
国内の猫への感染が心配になりますが、インフルエンザウイルスの猫での病原性が弱いこと、国内の鳥や卵の流通形態は、東南アジアなどのものと異なっており、さらに厳重な防疫体制をとっていることなどから、国内の猫が鳥から感染する可能性は非常に低いと考えられます。猫を多頭飼育している場合でも、猫同士で感染し、新型のインフルエンザウイルスに変化する可能性は低いと考えられます。
しかし、可能性が低いとしてもインフルエンザウイルスに感染した鳥を猫が食べて感染したり、変異ウイルスが生み出されたりすることがありますので、まずはそれを知っていただき、家庭動物や野生動物と上手に共存していただきたいと願います。この病気だけでなく、猫の感染症をよく理解し、飼い猫が病気にならないように予防できる病気は予防していきましょう。