新型コロナウイルスの影響が続く中、仕事を失った人のうち感染の拡大などを理由に求職活動をしていないのは去年12月の時点で59万人に上るとみられることが専門家の試算でわかりました。国が公表する失業者には含まれておらず、専門家は「公的な支援が十分に届いていない可能性があり実態の把握が必要だ」と指摘しています。
総務省の労働力調査によりますと、去年12月の「完全失業者数」は194万人で、前の年の同じ月と比べて49万人増え、失業率は2.9%となっています。
「完全失業者」は失業した人のうち、仕事があればすぐに働くことができ、仕事を探す「求職活動」をしていた人です。
一方、再就職を希望しても、感染の拡大などを理由に「求職活動」を控え、「完全失業者」に含まれない人が多くなっているとみられます。
このため労働経済学が専門の東京大学の玄田有史教授が、こうした人たちを「働き止め」と定義し、国の統計データを分析し試算しました。
それによりますと、「働き止め」の状態にある人は去年12月の時点で59万人に上るとみられることがわかりました。
去年12月の完全失業者数194万人のおよそ3割にあたる数です。
「働き止め」の状態にある人は非正規雇用で働いていた女性が多いとみられ、玄田教授は▽感染のリスクをおそれて求職活動を諦めた高齢者や、▽学校や保育所がしまってしまい子どもを預けることが難しくなる可能性があるとして仕事を探すのをやめた女性なども少なくないと指摘しています。
国の支援策は失業者や休業者を対象にしていることも多く、支援が十分に届いていない可能性があるということです。
玄田教授は「感染への不安から仕事を探すことすらできずにいる高齢者や女性などの苦境は失業率の数字だけを見ていては把握することができない。『働き止め』については社会全体でまだ認識されておらず、失業者や休業者を対象にした支援が届かないという問題がある。社会的にも孤立して追い詰められてしまうおそれがあるため、早急に実態把握や支援策の検討を進めるべきだ」としています。
子育て中の女性は
新型コロナウイルスの感染がいつ収束するのか見通しがつかない中で、子育て中の女性からは「働きたくても働くことが難しい」という声が聞かれます。
35歳の女性は会社員の夫と10歳の長女、8歳の長男、それに1歳の次男と暮らしています。フリーランスのカメラマンとして学校や結婚式の撮影を請け負い、月6万円ほどの収入を得ていましたが、感染拡大の影響で去年3月以降、全く仕事がありません。
女性は仕事を探そうと、去年の夏ごろからパートの求人を調べ始めました。しかし、応募をためらわせているのが、感染拡大がつづく中、子どもたちの学校や保育所がいつ休校や休園になるのかわからないということです。
女性の暮らす自治体では、去年6月から学校で教職員や子どもの感染が確認された場合、消毒や経過観察のために最大で2週間ほど休校するという対応をとってきました。
現在は休校や休園をできるだけ避けたいとしていますが、状況に応じて判断したいとしています。
女性は3人の子どもが通っている小学校や保育所が突然、長期の休校や休園になるおそれがある中で、採用面接で胸を張って「働けます」とは言えないと考えました。
動画の編集などの経験を生かせる在宅ワークの求人も調べましたが、いずれも企業や専門学校での経験が応募の条件となっていました。
そこで職業訓練校に通い、WEBデザインの技術や知識を身につけることを考えました。
しかし去年7月、職業訓練校の説明会では、「原則、毎日、通えることが条件です」との説明がありました。
また、ハローワークの担当者には、「子どもがいることが職業訓練校の面接ではデメリットになるかもしれません」と言われたということです。
このため家計が苦しい状態は続きますが、働くことを諦めて仕事を探す求職活動を控えているということです。
収入があった時は、子どもの学用品や衣服は女性がすべて購入し、家賃の一部も負担してきました。
今は夫の収入と貯金の取り崩しでやりくりしていますが、子どもの肌着1枚、鉛筆1本を買い足すことさえためらってしまうと言います。
女性は「自分の収入が無くて本当につらいです。以前は、かわいい文具を見つけると子どもがほしいと言ってきたんですが、今は家庭の状況を察して言わなくなりました。休校になってもきちんと就労ができるように在宅で働きたいのですが、まだそのスタートラインにも立てていません。すぐにでも働きたいと思っていますが、その手段が無いということが本当にストレスで不安です」と話しています。
今後の暮らしへの不安感じる女性は
東京都内に住む74歳の女性は、10年余り前に夫が亡くなったあと、ヘルパーとして働き始め、毎月10万円ほどの収入がありました。
しかし新型コロナウイルスの感染拡大で、ヘルパーの仕事を続けることで自分自身が感染してしまったり、その結果、利用者に感染させてしまったりすると命に関わるおそれもあると不安になり、去年6月に退職したということです。
その後も、感染が広がっていることなどから現在も求職活動はしておらず、夫の遺族年金と自分の年金の合わせて1か月、およそ10万円と、貯金を取り崩しながら暮らしています。
住宅が持ち家のため、今はなんとか生活はできていますが、今後の暮らしへの不安は消えないと言います。
女性は「私と同じように仕事を辞めてしまった高齢者の中には、外に出る機会が減って閉じこもりがちになったり家の中でつまずいてけがをしてしまったりした人もいます。今は体も元気ですが年齢も年齢で、これから病気になることもあると思うので、治療などでまとまったお金が必要になった時に足りなくなるのではないかと不安に感じています」と話していました。
厚生労働省「早期の再就職支援を」
新型コロナウイルスの感染への不安などから仕事を探す、求職活動を控える人が多い可能性があるとしてハローワークではオンラインでの相談など支援を強化しています。
厚生労働省によりますと新たに仕事を探す、新規の求職申込件数は、前回の緊急事態宣言の去年4月と5月に前の年の同じ時期と比べて大幅に減少しましたが、6月は一転して増加しました。
しかし7月以降は減少傾向が続き、去年12月は前の年の同じ時期を4%下回り30万1488件となっています。
東京 渋谷区のハローワークでは、感染への不安から求職活動を控えている人がいる可能性があるため、電話やオンラインでの相談など、ハローワークに来ることが難しい人への支援を強化しているということです。
ハローワーク渋谷の川又純 職業相談部長は「感染への不安などから求職活動を自粛している方が一定数いるため、潜在的な求職者は多いのではないかと感じている。失業期間が長くなればなるほどモチベーションも下がってしまい、悪循環に陥りやすいため、求職活動の再開をサポートしたい」と話していました。
また、厚生労働省は「ハローワークなどに寄せられる声から、感染への不安から求職活動を控えている人がいることは把握している。まずは感染防止の対策を徹底し安心して働くことができる環境を整えるとともに、ハローワークではテレワークができるなどさまざまなニーズを踏まえた求人を開拓し早期の再就職を支援していきたい」としています。