風邪ではない気がするけれど、やたらと咳が止まらない……。そんな症状に悩まされたことはありませんか? もしかすると呼吸器の感染症である百日咳(ひゃくにちぜき)かもしれません。小児の感染症として知られている百日咳ですが、いま大人の間で流行がみられます。あまり取り上げられることのない感染症のひとつですが、百日咳が流行するとどんな危険性があるのでしょうか。東京都立小児総合医療センターで感染症科医長を務める堀越裕歩医師にお話を伺いました。
実は今、大人の百日咳の流行が世界的に問題となっています。日本でも2007年以降、小児科の患者を対象にした報告制度で、百日咳の大人の割合は30~60%を推移しています。2007年以前は0歳児の割合が40~70%を占めていました。
この報告制度では、内科などを受診している患者が含まれておらず、実際の成人患者はもっと多いのかもしれません。現在は、成人も小児も全て報告することになっているので、より正確な流行状況が今後、明らかになっていくと考えられています。また大人が百日咳にかかっても、軽度の症状で済むためそこまで大きな問題だとは捉えられていませんが、大人の百日咳が流行すると、重症化しやすい赤ちゃんが百日咳になるリスクも高まるのです。
百日咳は、百日咳菌という細菌が呼吸器に感染する感染症です。100日間のように長く咳が続く病気ということから、百日咳という名前になりました。実際は、数週間から数カ月の咳がみられます。具合が悪くなるのは小児が中心の感染症で、特に3カ月未満の赤ちゃんに感染すると重症化や死亡のリスクがあります。大人は感染しても命にかかわるまでの症状にはなりません。場合によっては、長引く風邪かな、くらいに思われて終わってしまいます。
どうして大人の百日咳が増加しているのでしょうか。現在考えられる理由は、主に三つあります。百日咳の感染力が非常に強いことと、百日咳の診断が難しいこと、百日咳のワクチンの効果が長く続かないことです。
感染力が強い感染症の代表として、「はしか」や「みずぼうそう」がよく挙げられます。実は、百日咳の菌も同じくらい強い感染力を持っています。百日咳菌の主な感染経路は、咳などをして菌が拡散する飛沫(ひまつ)感染です。そのため、閉鎖空間で一緒にすごす家庭や学校では、感染源が入り込むとひろがりやすいのです。
大人の百日咳の症状は“ふつうの咳”だけなので、風邪やぜんそくなどと間違われやすく、診断が非常に困難です。そもそも、風邪だとしても咳だけであれば会社や学校を休んだりすることはあまりありません。感染力が最も強くなるのは咳が出始めてからの2週間ほど。感染力の強い期間に、百日咳を疑わずに風邪だと思い込み会社や学校に行ってしまい、菌をばらまいてしまいます。WHO(世界保健機関)は百日咳の特徴として「2週間ほど続く咳」と提唱していますが、その間に早期に診断され治療開始されるのが難しいのです。
早期診断や治療が難しい病気は、予防をすることが大切になってきます。
百日咳のワクチンはありますが、最近、感染の予防効果は短いと考えられています。日本では生後3カ月からワクチンの定期接種が4回あり、1歳半前後で接種が終わります。もっとも具合が悪くなる赤ちゃんに対して、ワクチンによる重症化や死亡の予防効果は明らかにあります。ただ重症化はしない年長児や成人の感染を予防するための長い予防効果がなく、小学校に上がる前には多くのお子さんはワクチンで打った抗体がほとんどなくなってしまいます。
感染症が流行する条件のひとつに感染しやすい感受性者が一定数いることがあげられます。ワクチンの定期接種が1歳半前後で終わる日本では、ほとんどの人が抗体を持たないことになります。
感染力が強く誰でも感染する可能性のある百日咳。咳の症状が出始めたとき、長引く咳をしている人が周りにいたら百日咳を疑い、早めに医療機関を受診してください。自分でも知らないうちに感染源になっているかもしれません。