2019/10/07【研究報告】だ液と共に付着したインフルエンザウイルスはアルコール消毒に対して4分間無敵だという研究結果
公共機関やスーパー、飲食店などの入口にはアルコール消毒剤が備え付けられていて、ポンプを一押しするだけで手を清潔にすることが可能になっています。しかし、粘液の物質的特性に注目した最新の研究では、インフルエンザウイルスはだ液により保護されてしまうため、アルコール消毒ではほとんど死ななくなってしまうことが報告されています。
過去の研究により、「体液中の有機物がエタノールの消毒作用を弱めてしまう」ことが確認されており、医療の現場ではこうした知見を踏まえた基準をクリアした消毒剤が使用されています。しかし、接触感染や飛沫感染を媒介するだ液などの「感染性粘液の物理的特性」に目を向けた研究はこれまで存在しませんでした。
そこで、京都府立医科大学の助教である廣瀬亮平氏らの研究グループは、いわゆるかぜ症候群と呼ばれる急性上気道感染症と診断された患者52人から感染性粘液(痰)をサンプルとして採取。実際にインフルエンザウイルスが含まれていることが確認された19個のサンプルのせん断速度を測定して、粘液の粘度を調べました。
その後流体シミュレーションにより、ウイルスが含まれる液体にアルコール消毒剤をかけた際に、ウイルスが感染力を失うまでの時間を調べました。その結果、粘液に含まれたウイルスが不活性になるまでに必要な時間は、生理食塩水の8倍も長かったとのこと。以下がそのメカニズムを解説した図です。感染性粘液はゲルとしての特性を持つほど粘度が高く、水に比べて格段に消毒剤と混ざりにくいため、消毒薬濃度が上がる速度も遅くなり、その結果消毒剤がウイルスに効果を発揮するまでの時間も大幅に伸びてしまうとのことです。
このシミュレーション結果を検証するため、研究グループは10人のボランティアに協力してもらい、手に付着したインフルエンザウイルスが消毒剤により感染力を失うまでの時間を調べる臨床実験を行いました。その結果、生理食塩水中のインフルエンザウイルスは消毒剤で手を消毒してから30秒で完全に不活性化された一方で、粘液中のインフルエンザウイルスは240秒、つまり4分経過してやっと不活性化されたとのこと。
研究グループはさらに、臨床実験の結果を踏まえた追加のシミュレーションを行って、ウイルスを含む粘液が消毒剤と接触した場合の挙動を調べました。上段のAは生理食塩水を使用した場合で、水色の消毒剤が垂らされてから30秒で赤色のウイルスが活性化している部分が消滅しており、臨床実験と同じ結果となりました。一方、下段のBでは、先の実験で240秒とアルコール消毒にかける時間としてはおよそ現実的でない結果となったため、実際の16.7%しか粘度がない液体でシミュレーションしました。それでも、赤色の部分が消滅するまで生理食塩水の2倍の60秒もかかっています。
この結果から研究グループは、「アルコール消毒剤で適切に手指消毒を行っても、感染力を維持した病原体が体表に残存し、感染が拡大するリスクがあることが明らかになった」と結論付けています。
一方で、粘液が乾燥した状態であれば消毒剤も有効なことが判明しており、乾燥した粘液中のウイルスが消毒剤で不活性化するのに必要な時間は30秒だったとのこと。しかし、たった5マイクロリットルの粘液でさえ、気温25度・湿度40%の室内環境で完全に乾燥するまで約30分もかかっていることから、手が乾燥するまで30分間も待って消毒を行うのはやはり現実的ではありません。
そこで研究グループが流水で物理的に粘液を除去する実験を行ってみたところ、30秒で粘液が消えてウイルスの感染力がなくなったとのこと。流水で除去するというのは要するに手洗いのことですが、実験では石けんなどは使用せず純水だけを使ったため、石けんで手を洗えばより効果的だと考えられます。
研究グループは、「医療の現場ではある患者を診てから次の患者を診るまでの間に十分な時間が確保できず、迅速かつ簡単に感染予防ができるとされるアルコール手指衛生剤がよく使用されています。しかし、現行の予防法が不十分だということが判明した今となっては、アルコール手指衛生剤の効果は必要最小限なものであるといわざるをえません」と指摘。より効果的な消毒剤や消毒手法の開発が急務だとの見方を示しました。