副作用の少ない抗レトロウイルス薬の開発に向けて
近畿大学は12月13日、遺伝子APOBEC3(エイポベックスリー)が、がんやエイズの原因となる「レトロウイルス」の働きを阻害する仕組みを世界で初めて解明したと発表した。この研究は、同大学医学部免疫学教室の博多義之講師、宮澤正顯主任教授らと、愛媛大学学術支援センター病態機能解析部門の研究グループによるもの。研究成果は、「PLOS Pathogens」に掲載された。
レトロウイルスは、RNA上の遺伝情報をDNAに作り替え、感染細胞の染色体に組込むことで、生きた細胞に入り込むウイルス。レトロウイルスの一種として、HIVがある。また、レトロウイルスDNAの組込みは、宿主遺伝子の過剰発現や破壊を通じて発がんや遺伝的疾患の原因となる。そのため、哺乳動物はレトロウイルスの染色体組込みに対抗する手段を獲得してきた。その仕組みを明らかにすることが、副作用の少ない抗レトロウイルス薬の開発につながると期待され、世界中で研究が行われている。
APOBEC3の、デアミナーゼ活性非依存性ウイルス増殖抑制機序を解析
哺乳動物が持つ、レトロウイルスの染色体組込みへの対抗手段のうち、最も効果が強いとされてきたのが、一本鎖DNAに対する変異誘導酵素「APOBEC3」だ。APOBEC3は、シチジン脱アミノ化酵素(デアミナーゼ)の活性を持ち、レトロウイルス遺伝子がRNAからDNAに逆転写される過程で生じる一本鎖DNAで、シトシン(C)塩基をウラシル(U)に変換する。その結果、二本鎖DNAのタンパク質をコードする側ではGからAへの変異が多発し、ウイルスタンパク質の合成が阻害されるというのが、これまで考えられてきたAPOBEC3が発揮する抗ウイルス活性の作用機序だ。
一方で、同研究グループを含めた世界の複数の研究グループが、マウスのAPOBEC3はDNAにGからAへの変異をほとんど誘発せずに、マウスレトロウイルスの増殖を強力に抑制できることを発見した。これを「デアミナーゼ(CからUへの脱アミノ反応)活性非依存性のウイルス増殖抑制」と呼び、その分子機序解明が進められて来た。レトロウイルス粒子は、感染細胞から出て来る際に、最初は感染能力のない未熟な粒子として作られる。未熟粒子の中では、ウイルスを構成する複数のタンパク質が、互いにつながって長い糸のような前駆体状態になっており、ウイルスが細胞に感染し増殖するために必要な機能を果たせない。しかし、細胞から出たレトロウイルス粒子は成熟過程をたどり、ウイルス前駆体自体に含まれるタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)のはたらきで、糸状の前駆体が複数の球状タンパク質に分断され、分断物がウイルスRNAを取り囲むことで感染能力のある成熟粒子を形成する。
マウスAPOBEC3がウイルスプロテアーゼの機能を強力に阻害、ウイルスタンパク質の切り出しを効果的に抑制
研究グループは今回、マウスAPOBEC3がウイルスプロテアーゼの機能を強力に阻害し、ウイルスタンパク質の切り出しを効果的に抑制していることを明らかにした。ウイルスプロテアーゼによるウイルスタンパク質前駆体の分断は、感染性を持つHIV-1の粒子形成に重要なことが知られている。また、HIV-1のプロテアーゼ阻害薬は、エイズ発症予防のための抗レトロウイルス薬治療に使われる。
今回、マウスAPOBEC3が天然のプロテアーゼ阻害分子であることが明らかになった。このことから、「マウスAPOBEC3分子とウイルスプロテアーゼの結合部位構造を基にした、新しく、副作用の少ない抗レトロウイルス薬開発の基礎が築かれることが期待される」と、研究グループは述べている。