【研究報告】昔は悪魔払いの対象、卵巣奇形腫合併も…「抗NMDA受容体脳炎」治る病気に
ウイルス感染で起こることは知られている脳炎だが、原因不明とされてきたものも少なくない。その中で最近、神経の情報伝達を担う「NMDA受容体」に関連する脳炎の研究が進み、治療法もわかってきた。
免疫の異常が原因
脳炎は、脳内の炎症で発熱や意識障害、性格の変化などが起こる。単純ヘルペス脳炎などウイルス感染が原因になるほか、免疫異常による「自己免疫性脳炎」もあり、その一つが「抗NMDA受容体脳炎」だ。
NMDA受容体は分子の集合体で、脳内の神経細胞のつなぎ目で神経伝達物質を受け取り、情報を伝える。抗体は本来、体外からの異物を攻撃する免疫物質だが、何らかの原因でNMDA受容体にくっつく抗体ができて、受容体の機能を低下させ、脳炎になるという。
回復に数年も
興奮や妄想など統合失調症に似た症状、意識障害やのけぞり、手足のばたつきなども起きる。 昏睡こんすい 状態が続き、人工呼吸器を使うこともある。昔は悪魔払いの対象にもなった。若い女性に多く、その半数に卵巣の奇形腫を合併するとされる。
2007年に米国研究者が発症の仕組みを報告。日本でも知られるにつれ、患者が増えてきた。300万人に1人程度とする過去の調査もあるが、今はもっと多いとみられている。
治療は、卵巣の奇形腫があれば摘出し、炎症を抑えるステロイドの大量点滴や、血液中の原因物質を特殊な装置で取り除く 血漿けっしょう 交換療法などを行う。回復には数か月~数年かかるが、社会復帰した人は多い。
大阪医科大学神経内科医師の中嶋秀人さんは「回復するとしても、患者や家族への負担は大きい。重症の場合は難病や特定疾患に指定するなど、支援体制が整うことを期待する」と語る。
患者会が発足
6月末、東京都内で患者会が発足した。全国から集まった約110人の患者や家族が、互いの治療や取り巻く環境を語り合った。
会代表の片岡美佐江さんも、長女(38)が13年に発症し、今も入院中で意識がない。片岡さんは「患者や家族が集まると、それぞれ状況が違うことがわかる。情報交換しながら互いに支え合いたい」と話す。
この病気をよく知らない医師も多く、様々な科に回されたり、精神疾患と診断されたりして治療開始に時間がかかることがある。
昨年、当時8歳の娘が発症した女性(48)は、手足のしびれや頭痛を訴えた娘を病院に連れて行くと、経過観察で入院。1週間後の脳波検査で「原因不明の脳症」とされた。治療を始めたが、約3か月後、寝たきりのままで退院が決まった。
退院時の検査で卵巣の奇形腫が見つかり、摘出すると劇的に回復。抗NMDA受容体脳炎だと分かった。今はリハビリを続けながら、小学校に通っている。
脳炎の抗体検査を研究する新潟大学脳研究所特任講師の田中恵子さんによると、診断には髄液を採取して抗体を調べる必要があるが、診療経験がない医師が早期に疑うのは難しい。
若い女性患者は、進学や就職、結婚など人生の節目と病気が重なる。田中さんは「回復までに数年間費やすのは大変。早期に正しい治療に結びつくよう、医師も一般の人も正しい知識を知ってほしい」と話す。