【耐性菌】病院は耐性菌の巣でもある
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に対する切り札であったバンコマイシンは、1956年と実はかなり昔から存在しており、80年代前半までは「耐性菌が出現しない抗菌薬」と言われていました。ところが、86年、ついにそのバンコマイシンでも歯が立たない多剤耐性菌の「VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)」が登場したのです。多剤耐性菌は、多くの抗菌薬が効かなくなった細菌のことです。
さらに、96年には「バンコマイシン低度耐性(バンコマイシンがある程度しか効かない)黄色ブドウ球菌(VISA)」、2002年には「バンコマイシン耐性ブドウ球菌(VRSA)」が報告されました。
まるで、次々に手ごわいモンスターが登場するロールプレイングゲーム(RPG)のようですね。長年最後のボスキャラ的存在であったMRSAも、今となっては中ボスくらいの感覚です。もちろん病院内でのMRSA対策は今でも大変なのですが……。
一方、人間の側も次々と新しい武器、すなわち新しい抗菌薬を開発しました。今では、主な抗MRSA薬だけで5種類となり、そのうちのいくつかは一部のVREやVRSAにも有効とされています。
幸いなことに、VREとなる腸球菌はもともと誰もが腸内に持っている(常在)腸内細菌の一つでもあるので、実際に感染症を発症することはかなりまれです。私も何例かVRE陽性患者を診ていた時期がありますが、いずれも「VREを保菌していた」というだけで、VREが原因で感染症となったという症例は経験していません。
ただし、VREなどの多剤耐性菌が、病院にいる他の重症患者や新生児入院患者にうつったら、それは大変なことです。こうした「易感染性宿主」の患者は、VREによって感染症を発症してしまう危険性が多分にあるからです。
自ら動けない重症患者や新生児から多剤耐性菌が見つかったとなれば、家族や見舞客からの可能性もいくらかあるものの、ほとんどの場合、医療者を介して菌がついたと考えられます。ですから、院内での耐性菌対策は、耐性菌を持っている人の治療より、「その人から他の人へは絶対うつさない」ことのほうが重要なのです。
と言っても、その対策は非常な困難が伴います。なぜなら、すべての医療者や、院内を自由に動く患者がどんな菌を保菌しているかチェックできないからです。仮にやったところで、1カ月もすればもう意味がありません。
また、病院は「耐性菌の巣」のような場所なのですから、医療スタッフはもちろん、病院に来た人全員がトイレや病室の壁などから知らないうちにMRSAやVREと接触し、保菌者となっている可能性があるのです。
ですから、私たちICT(感染制御チーム)は口を酸っぱくして「手を洗いましょう」「アルコール消毒しましょう」と院内にいるすべての方々に呼びかけているわけです。