夏が近づいてきました。私が仕事をしている長野県佐久地域は、夏には林間学校などで、東京などの都会から多くの子どもたちがやってきます。信州の高原は、夏でも朝晩の気温が低くなるため、体調を崩し、集団生活の中で胃腸炎や風邪が 流行はや る場合もあります。
一方、何と言っても、増えるのが「虫さされ」。夏は、人だけでなく、虫の活動も活発になる時期なのです。これは、田舎に限った話ではありません。
たかが虫さされ、と思いがちですが、子どもの虫さされは大人より腫れやすく、かき壊すと、とびひの原因にもなります。とびひになってしまうと、病院への受診が必要になるため、注意が必要です。アトピー性皮膚炎のお子さんは、特に症状が強く出ます。
虫さされの原因となる虫は、蚊だけではありません。アウトドアではアブやブヨ、特に春から秋にかけての野山にはマダニがいます。マダニは時に、命に関わる重い感染症を引き起こすこともあります。
そんな虫さされの予防といえば、やはり虫よけ。しかし、診察室で虫よけの選び方や塗り方をお話しすると、意外と知られていないことに気づきました。そこで今回は、虫よけを中心にお話ししたいと思います。
多種の虫よけ お勧めなのは?
虫よけにはいくつかの種類があります。一番メジャーなのは、「ディート」という成分です。70年以上使われている虫よけの王道です。一番広範囲の虫をカバーしてくれます。
このディート、10%から30%までいろいろな濃度のものが売られていることをご存じでしょうか。この濃度の違いは、効果の続く時間に関係します。通常は、10%で2~3時間、30%で6~8時間ほど効きます。30%のものであれば、こまめに塗り直さなくてもいいので便利です。
子どもへの使用方法も決められています。厚労省の通達によると、6か月未満の乳児には使用できません。6か月~2歳未満は1日1回、2歳~12歳未満は1日1~3回とされています。なので、私たちもそれに沿って患者さんに説明するのですが、実は、この使用制限に医学的な根拠は乏しいのです。米国小児科学会では、ディートは生後2か月以降、特に年齢制限なく、30%以下のものであれば使用可としています。塗りすぎると、皮膚がヒリヒリしたり、アレルギー反応を起こす可能性はありますが、実際の使用で大きな副作用が出たという報告はほとんどありません。日本でも2010年から、ディートに対する固有の安全対策は不要となり、以降、ディート製剤の定期報告は廃止されました。
私は、ディートを必要以上に怖いものと捉える必要はないと考えています。ちなみに、妊婦さんや授乳中のお母さんも使うことができます。ただ、独特のにおいがあり、それが苦手な人もいます。
もう一つ、イカリジンという虫よけもお勧めです。こちらも非常に安全な虫よけです。ディートよりカバーする虫は少ないですが、皮膚の刺激性が少なく、においも強くはありません。こちらは、日本でも年齢制限や塗る回数の制限もなく、赤ちゃんも使うことができます。15%濃度で約6~8時間効果があります。
効果が低い製品も
一方、虫よけの話をすると、「やっぱり自然素材の方がいいんじゃないの?」と思う方もいるかもしれません。アロマなどで手作りの虫よけを作られる方もいらっしゃるようです。
植物由来の虫よけといえば、例えば、レモンユーカリ油の虫よけがあります。蚊、アブなどに効果がありますが、ディートやイカリジンほど効果は強くありません。また、レモンユーカリ油と聞くと、体に優しそうなイメージがあるかもしれませんが、目に強い刺激があり、安全性が確認できていないという理由で、3歳未満には使用禁止です。
他の植物由来の虫よけとしては、シトロネラ、ゼラニウム、植物油などがあります。ただ、2002年の論文では、これらは残念ながら、ディートよりずっと効果が低いとされています。2018年の論文でも、ディートなど従来の虫よけの代わりになるほどの効果はまだないとされています。薬剤をしみこませたリストバンド型、超音波を発するタイプの虫よけ商品も出ていますが、こちらも米国小児科学会では「効果はない」としています。リング型やシール型も同様に明確な効果は証明されておらず、私たちも、お勧めしていません。
以上のことを踏まえ、私たちは、お子さんの虫よけとしてはイカリジンかディートをお勧めしています。両者の比較を表のようにまとめてみました。しっかり塗って虫さされ、ひいては、とびひの予防にもつなげていただければと思います。
手指には塗らないで!
虫よけを使うときに気をつけてほしいのは、塗りすぎないことです。あくまで露出している肌に塗り、服に隠れる部分まで塗る必要はありません。また、小児の場合は特に成分を吸い込まないよう、スプレータイプではなく、ローションタイプを選び、保護者の手に一度付けてから塗ってあげるのがよいです。その際、お子さんの手指には、虫よけを塗らないでください。お子さんは、無意識のうちに手を口に入れたり、目をこすったりするものです。
また、日焼け止めと一緒に使う場合は、注意が必要です。米国疾病対策予防センター(CDC)は、2点を挙げています。
一つは、日焼け止めと虫よけが一緒になった製品を使わないことです。一見、便利に思えますが、日焼け止めと虫よけでは、塗りなおす頻度に違いがあります。日焼け止めは、子どもの場合は特に2~3時間おきに塗り直す必要があるのに対し、虫よけはそこまで塗り直さなくてよく、むしろ、塗りすぎが皮膚の負担になります。
二つめは塗り方です。両方使う際には、虫よけ成分が外側に来る方が虫よけの効果が高いため、日焼け止めから先に塗るとよいとしています。
体に塗る虫よけ以外では、日本では蚊取り線香がおなじみです。ただし、効果の弱い製品もあるので、過信は禁物です。また、喘息ぜんそくのお子さんは、蚊取り線香の煙がきっかけで発作が出ることもあるので注意してください。
それでも虫に刺されたら
虫よけを使っていても、虫に刺されてしまうことはあります。その場合の対処方法についてお話しします。
まずは、流水でよく洗い流してください。子どもの場合、かゆみが強く、かき壊してとびひの原因になります。患部を氷のうなどで冷やすと、かゆみが軽くなることが多いです。そして、虫さされ用の 軟膏なんこう (炎症を抑えるために抗ヒスタミン薬やステロイドの成分が入っています)を塗ってください。ちなみに、「ポイズンリムーバー」というグッズが市販されていて、「傷口に押し当てて刺された部分から虫の毒液を取り除く道具」とされていますが、医学的な効果は証明されておらず、小児科医としてはお勧めしていません。腫れが強いときは、皮膚科もしくは小児科を受診してください。
これらの内容をまとめたフライヤーも作成しています。虫よけだけでなく、適切な服装などについてもまとめてありますので、ぜひプリントアウトしてご家族で共有していただき、虫さされに悩まない夏をお過ごしください。