人類が地球上から撲滅できた最初の、そして現在のところ唯一の感染症は天然痘です。日本における最後の天然痘の患者の発生は1974年、世界では1977年です。WHOは1980年に天然痘根絶宣言をしました。天然痘が撲滅できた理由は以下のようにいくつかあります。
(1)天然痘は不顕性感染が少ない。天然痘ウイルスに感染すると皮疹をはじめとした明確な症状が出るため、知らないうちに感染して他人にうつすようなことがありません。
(2)天然痘ウイルスはヒト以外に感染しない。インフルエンザウイルスのように鳥や豚にも感染できるウイルスだと、ヒトの集団から一掃してもまた動物から感染してしまいますが、天然痘はそういうことがありません。
(3)天然痘には有効性の高いワクチンがある。イギリスの医師、エドワード・ジェンナーが開発した種痘を改良した天然痘ワクチンが用いられました。
理論的には、この3条件を満たす感染症は世界中から撲滅可能です。具体的にはポリオ(小児まひ)と麻疹(はしか)がそうです。どちらの感染症も昔と比べると激減はしましたし、撲滅できた地域もありますが、世界規模での撲滅は達成できていません。
2015年に日本も麻疹の「排除状態」だと認定されています。でも麻疹患者の発生のニュースはいまでもよく耳にします。排除状態というの日本に定着した麻疹ウイルスがないことを指しています。現在の日本の麻疹患者はすべて、海外で感染した輸入症例または輸入症例から広がった症例です。
日本に定着した麻疹ウイルスがいなくても、国外からウイルスが入ってきます。麻疹は感染力がきわめて高いので、ワクチンを接種していない人が患者さんに接触すると容易に感染します。もしワクチン接種率が低ければ日本国内で広がり、やがて定着し排除状態ではなくなるでしょう。局所的に撲滅できても、ワクチン接種をはじめとした対策を続けなければならないことが、天然痘のように世界中から撲滅された感染症との違いです。天然痘はもはやワクチンを接種する必要がありません。
麻疹も、理論的には、世界各国のすべての人がワクチンを接種すれば世界中から撲滅できますし、もし撲滅できれば以降はワクチン接種が不要になります。しかし、金銭的なコストや医療へのアクセスの問題もあり世界中からの撲滅は困難をきわめます。たとえば、戦争中の地域でワクチン接種プログラムを実行するのがどれだけ難しいでしょうか。
先進国ではワクチン忌避の問題もあります。麻疹ワクチンは安全で非常に有効性の高いワクチンですが、どの医療行為を受けるのかは個人が選択する権利がありますので、ワクチンを打ちたくないという人に強制的に接種することはできません。麻疹の撲滅はまだまだ先のようです。それでも麻疹による全世界での死亡者数は、2000年には50万人を超えていたのが、2017年には11万人に減りました。将来は麻疹による死亡者数がゼロになるよう、願っています。
https://www.asahi.com/articles/SDI201909132929.html