2019/11/19【人獣共通感染症】家族が罹ったインフルエンザはペットにも感染するのか?
「猫の風邪は子どもにうつりませんか?」
「家族のインフルエンザが愛犬にうつらないか心配で……」
獣医師である著者は、そういった不安の声を耳にすることがよくある。ペットと人との間で、感染症をうつし合うことがないかという心配だ。
先日、このような報道があった。大分県で、フェレットを介した感染症により警察官が亡くなり、公務災害に認定されたのだ。市民の通報で、公園内に離れているフェレットの捕獲を試みる最中、受けた咬み傷から細菌感染を起こし、これが原因になったという。心よりお悔やみを申し上げたい。
診断は「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」と報告されている。闘病期間は、17年近くに及んだということだ。
蜂窩織炎は、皮膚の深いところから皮下脂肪にかけて、細菌(化膿レンサ球菌や黄色ブドウ球菌などが原因である場合が多い)が感染することで起こる。感染した部位に、発赤や腫れ、痛みが生じるほか、発熱や悪寒といった全身の症状を伴うこともある。
抗菌剤の服用で治療可能なことが多く、感染した細菌が、これであっさり排除できる場合はいい。しかし細菌の性質や、患者の免疫力などの条件が重なり、一部には、重症化したり、合併症を起こすケースが見られる。血液の中に細菌が入り、傷とは別の場所に病巣を作ることや、再発を繰り返す場合もある。報じられた事故は、残念ながら後者にあたったのだと思われる。
感染源とされるフェレットは、家畜化されたイタチ科の動物で、野生には存在しない。事故の原因となった個体が、いつから野外を彷徨っていたかは分からないが、元はペットとして飼養する目的で、導入されていた可能性が高い。そう考えると、ペットから人への感染症へと、懸念が広がるところだ。
今回の報道のほかに、近年、ペットとなり得る動物との因果関係が疑われた感染症には、重症熱性血小板減少症(SFTS)などがある。
SFTSは、発熱や消化器症状、血液中の血小板が減少することで、出血しやすくなるなどの症状を伴い、時に致死的な感染症だ。人や野生動物、ペットなどに広く感染する恐れがあり、マダニが病原となるウイルスを媒介する。
ところが、SFTSの症状が見られる猫に咬まれた人が、後にSFTSを発症したことから、マダニを介することなく、動物から人へ直接感染する可能性が示唆された。しかしこれについては、いまもって明らかではない。
病原体が感染症を引き起こす動物は限定されている
これらを踏まえ、動物との接触や咬み傷、引っ掻き傷から引き起こされる感染症について、さらに動物とともに暮らすことについても、少し考えてみたい。
冒頭でも紹介した「猫の風邪は子どもにうつりませんか?」「家族のインフルエンザが愛犬にうつらないか心配で……」という不安の声に対して、「動物は強いから、めったなことでは病気をしない」というやり取りを耳にすることがある。しかし、これは正しい解釈ではない。
そもそも、細菌やウイルスなどの病原体は、感染(細菌やウイルスなどの病原体が体内に侵入し、増える状態となること)を起こす動物(宿主)が決まっている。病原体に対し、強い、弱いといった問題ではなく、そもそも宿主以外の動物には、病原体も容易に感染することができないのだ。
俗に猫風邪と言われる猫伝染性鼻気管炎は、猫ヘルペスウイルスが原因の感染症で、猫同士の間では非常に強い感染力を持つが、人には影響を及ぼさない。同様に、人に感染する一般的なインフルエンザウイルスであれば、同時に犬や猫に感染し、症状を出すことはないと言える。
ただしSFTSなどのように、人も動物も幅広く宿主とする病原体も多いことから、当然これらが引き起こす人獣共通感染症には、注意が必要だ。感染症の6割以上が、これにあたるとも言われている。
また、鳥インフルエンザの人への感染が懸念されるように、動物に感染を繰り返すうちに、特性が変化し、人へも感染する性質を獲得する病原体もあることは、新たなリスクとして押さえておきたいところだ。
動物の常在菌が感染症を引き起こすことも
以上は主に、人や動物に感染し、病的な症状を引き起こす病原体についての話になるが、「常在菌」という存在にも注目したい。
「常に在る菌」と、読んで字のごとく、健康な人も動物も、皮膚や口腔内、消化管に多くの細菌を持っている。常在菌は、過度に増えることなくバランスを保って存在している場合、その動物に対し、害を及ぼさないばかりか、健康を保つために役立つ場合もある。
ところが、ある動物にとっての常在菌が、人には感染症を引き起こす病原体となる場合がある。例えば、「猫ひっかき病」という感染症が存在するが、これは猫(犬も)の常在菌であるバルトネラ菌が引きおこす感染症だ。その名の通り、ひっかき傷や咬み傷を介して人間に感染する。そして、傷を受けた部分の腫れや疼痛、長期的なリンパ節の腫れを引き起こす。
こうした細菌が、健康な皮膚に付着しただけであれば、皮膚のバリアが体内への侵入を防止し、感染を防いでくれる。その間に洗い流せば、感染症につながる恐れは低い。ところが、怪我や皮膚疾患でバリア機能が弱っていると、そこから細菌が侵入し感染を許してしまう。動物に咬まれる、引っかかれるという時は、これが同時に起こり得る。
著者にも経験があるが、鋭くとがった爪や歯から受けた傷は、傷口こそ小さいものの、深手の場合が多い。見た目には2、3日で傷が閉じ、治ったかのように見えるが、深部でじわじわと感染が広がり、化膿して痛い目を見る。冒頭の蜂窩織炎も、こうした経過の中で起こる可能性がある。
人と動物は、うつし合う心配のない病気も多々あるが、健康な動物だからと安心しているところに、思わぬ感染症をもらい得ることは理解しておきたい。これも、種差のある「人とは違う生き物」だという認識が大切ということだ。
家族ではあるが「ペットと人は違う生き物である」と認識せよ
ここまでの話題で、「動物(ペット)=人には未知のリスクを持つ存在」という不安がよぎった方もいるだろう。その感覚は、正しいと思う。と同時に、接することで、人が頻繁に感染症を患うような関係であれば、ペットとの長い歴史を築くことはできなかったはずだ。
リスクはなくならなくとも、ともにあるメリットが大きいことは、人が動物と暮らし続ける一番の理由だろう。2015年に、スウェーデンの研究者らから興味深い報告があった。幼少期から、ペットや家畜とともに過ごしてきた子どもには、ぜんそくなどアレルギーの発症が少ないというのだ。
清潔すぎる環境が、アレルギーやアトピーの発症を増やしていると指摘される現代。人とは違う生き物の微弱なアレルゲンと、幼い内から触れるメリットも生まれていると言えそうだ。
人と動物の関係は、リスクとメリットを理解した上で、適度な距離感を保つことがカギになる。この距離感とは、触った後は手を洗うだとか、ペットの口は汚い、といった漠然とした感覚に近いように思うが、案外その感覚こそが重要だったりする。
さらに近年では、予防という選択肢も増えている。上記で紹介したSFTSも猫ひっかき病も、マダニやノミが病原体を広めることから、ペットのノミ・ダニ対策が有効だ。屋内飼育が推奨される猫に関しては、リスク自体が減ってきていると言えるだろう(アウトドアなどで、直接人がマダニやノミに寄生されないことも、当然重要だ)。
しかし同時に、予防も含めたペット医療の発展と普及の背景には、人とペットの距離が近づいたことも伺える。心理的な距離の近まりが、そのまま無頓着な接し方になることは避けたい。家族の一員であると同時に、「ペットは人とは違う生き物である」という意識は、より強く持つべきだろう。
そのことが、無用な感染症のうつし合いで、ペットを悪者にしないことにつながる。さらには、人とは異なるタイムスケールで生きるペットの一生を引き受けることにも通じるのではないだろうか。
https://forbesjapan.com/articles/detail/30721