2019/12/13【研究報告】がんやエイズの原因となる「レトロウイルス」の働きを阻害する 新しい仕組みを世界で初めて解明
近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)免疫学教室 講師 博多 義之、主任教授 宮澤 正顯らを中心とする研究チームは、愛媛大学学術支援センター病態機能解析部門(愛媛県東温市)との共同研究において、APOBEC3(エイポベックスリー)※1 という遺伝子が、がんやエイズの原因となる「レトロウイルス※2」の働きを阻害する新しい仕組みを世界で初めて解明しました。本研究により、副作用の少ない抗レトロウイルス薬の開発が期待されます。
本件に関する論文が、令和元年(2019年)12月13日(金)4:00(日本時間)、ウイルス学関連の最高峰誌“PLOS Pathologens”に掲載されました。
【本件のポイント】
●マウスAPOBEC3分子が、マウスレトロウイルスの増殖を抑制する天然の「ウイルスプロテアーゼ※3 阻害分子」であることを発見
●DNAの変異誘導に依存しないマウスAPOBEC3の、抗ウイルス作用における新たな機序を解明
●がんやエイズなどの発症を抑制する新しい抗レトロウイルス薬開発の基盤が築かれると期待される
【論文詳細】
論文名 :Mouse APOBEC3 Interferes with Autocatalytic Cleavage of Murine Leukemia Virus Pr180gag-pol Precursor and Inhibits Pr65gag Processing(マウスAPOBEC3はマウス白血病ウイルスGag-Pol前駆体の自己分解に干渉し、Gag前駆体の分断処理を抑制する)
掲載誌 :PLOS Pathologens(impact factor:6.158@2017)
著 者:近畿大学医学部 博多 義之(筆頭著者)、宮澤 正顯(責任著者)、清水 理恵(医学部6年※研究実施時)、李君(研究員※研究実施時)、愛媛大学学術支援センター病態機能解析部門 藤野 貴広、田中 ゆき
論文リンク:https://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1008173
【本件の背景】
レトロウイルスとは、RNA(リボ核酸)上の遺伝情報をDNAに作り替え、感染細胞の染色体に組込むことで生きた細胞に入り込むウイルスであり、エイズウイルスもこの一種です。レトロウイルスDNAの組込みは、宿主遺伝子の過剰発現や破壊を通じて発がんや遺伝的疾患の原因となります。このため、哺乳動物はレトロウイルスの染色体組込みに対抗する手段を獲得して自分たちを護ってきました。その仕組みを明らかにすれば、副作用の少ない抗レトロウイルス薬の開発ができると世界中で研究が行われてきました。
【本件の内容】
哺乳動物がもつ、レトロウイルスの染色体組込みへの対抗手段のうち、最も効果が強いと信じられてきたのが、一本鎖DNAに対する変異誘導酵素であるAPOBEC3です。APOBEC3には、レトロウイルスの機能を阻害する働きがあるとされており、それはAPOBEC3がDNAの突然変異を引き起こし、ウイルスタンパク質の合成が阻害されるからだとされてきました。ところが、最近の研究では、マウスのAPOBEC3はDNAの変異をほとんど誘発しないにもかからず、マウスレトロウイルスの増殖を強力に抑制できることがわかってきました。
その理由について、これまでは、APOBEC3がウイルスRNAや逆転写で生じた一本鎖DNAに結合することで、逆転写酵素の動きを止め、逆転写過程を阻害するという証拠が提示されていました。本研究では、それらの説とは別に、マウスAPOBEC3に、成熟過程におけるウイルスプロテアーゼの働きを阻害する機能があることを解明しました。
【研究詳細】
APOBEC3は、シチジン脱アミノ化酵素(デアミナーゼ)の活性を持ち、レトロウイルス遺伝子がRNAからDNAに逆転写される過程で生じる一本鎖DNAで、シトシン(C)塩基をウラシル(U)に変換します。その結果、二本鎖DNAのタンパク質をコードする側ではGからAへの変異が多発し、ウイルスタンパク質の合成が阻害されるというのが、これまで考えられてきたAPOBEC3が発揮する抗ウイルス活性の作用機序でした。ところが、本研究チームを含めた世界の複数の研究グループが、マウスのAPOBEC3はDNAにGからAへの変異をほとんど誘発せずに、マウスレトロウイルスの増殖を強力に抑制できることを発見しました。これを「デアミナーゼ(CからUへの脱アミノ反応)活性非依存性のウイルス増殖抑制」と呼び、その分子機序解明が進められて来ました。
レトロウイルス粒子が感染細胞から出て来るとき、最初は感染能力のない未熟な粒子として作られます。未熟粒子の中では、ウイルスを構成する複数のタンパク質が、互いにつながって長い糸のような前駆体状態になっており、ウイルスが細胞に感染し増殖するために必要な機能を果たせません。しかし、細胞から出たレトロウイルス粒子は成熟過程をたどり、ウイルス前駆体自体に含まれるタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)のはたらきで、糸状の前駆体が複数の球状タンパク質に分断され、分断物がウイルスRNAを取り囲むことで感染能力のある成熟粒子を形成します。
研究グループは、マウスAPOBEC3がこのウイルスプロテアーゼの機能を強力に阻害し、ウイルスタンパク質の切り出しを効果的に抑制していることを明らかにしました。
ウイルスプロテアーゼによるウイルスタンパク質前駆体の分断は、感染性を持つエイズウイルス(HIV-1)の粒子形成にも重要であることが知られています。また、HIV-1のプロテアーゼ阻害薬は、エイズ発症予防のための抗レトロウイルス薬治療に使われます。今回、マウスAPOBEC3が「天然のプロテアーゼ阻害分子」であることが明らかになったことにより、マウスAPOBEC3分子とウイルスプロテアーゼの結合部位構造を基にした、全く新しい、また副作用の少ない抗レトロウイルス薬開発の基礎が築かれると期待されます。
【医学部生の研究への参加について】
近畿大学医学部および大学院医学研究科では、臨床医学発展のために欠かす事のできない基礎研究を担う人材を早期に育成するため、学生が医学部在籍中から基礎医学の最先端に携わり、世界レベルの研究の一端を担えるよう、医学生の研究参加を推奨しています。本研究においても、医学生が自ら研究に参加し、自分の手で新たな細胞株の樹立などを行っています。今後も継続して、さらに多くの研究室での学生受け入れを予定しています。
【用語説明】
※1 マウスAPOBEC3分子:マウス第15染色体にあるAPOBEC3遺伝子の産物であり、一本鎖DNAに結合してDNA鎖中のシトシンをウラシルに変換するはたらきを持つ、脱アミノ化酵素。マウス白血病ウイルスやマウス乳癌ウイルスをはじめとする外来性ウイルスの複製を阻害するだけでなく、進化の過程ですでに哺乳動物ゲノムに同化したレトロトランスポゾンの転移も抑制すると言われている。
※2 レトロウイルス:元々、ニワトリやマウスにがん(肉腫や白血病)を起こす「がんウイルス」として発見された。この種のがんウイルスは、ウイルス粒子内にRNAしか持たないのに、がん化した細胞にはウイルス遺伝子がDNAとして組込まれていることが発見され、それまでの常識に反して、RNA上の遺伝情報をDNAに作り替える能力を持ったウイルスであることが明らかとなった。
細胞にレトロウイルスが感染するとウイルスゲノムRNAはウイルス自身が持つ逆転写酵素のはたらきによりDNAに変換されたのち、ウイルスタンパク質であるインテグラーゼによって宿主染色体に組込まれる。宿主染色体の一部となったウイルスDNAはプロウイルスDNAと呼ばれ、細胞が生存する限り、ウイルスRNAやウイルスタンパク質を産生することで子孫ウイルス粒子を作る能力を保持する。現行の抗レトロウイルス薬による治療法では、一旦感染が成立して宿主ゲノムと同化したレトロウイルスを排除するのは極めて困難である。代表的なレトロウイルスとしてエイズウイルス(HIV-1)、ヒトやマウスに白血病をおこすウイルス(ヒトT細胞白血病ウイルスやマウス白血病ウイルス)などが挙げられる。
※3 ウイルスプロテアーゼ:プロテアーゼとは、タンパク質を加水分解する酵素のことであり、消化酵素のようにタンパク質をその末端から少しずつ分解するものや、タンパク質をその内部で切断して、複数の断片に分けるものなどがある。大きなタンパク質を内部で切断して複数の断片に分ける働きは、ヒトの体内で機能するタンパク質を構成する上で重要であり、多くのホルモンが前駆体タンパク質の分断化によって作られるほか、止血や生体防御に関わる血液中のタンパク質が、タンパク質分解酵素のはたらきによる部分的な断片化によって活性化し、その機能を果たす。一部のウイルスは、それ自体の遺伝子産物としてウイルスプロテアーゼを持っており、ウイルス粒子を構成するタンパク質の前駆体を分断化することで、感染力のあるウイルス粒子を完成させる。例えば、ウイルス粒子の表面にあり、宿主細胞と結合するのに重要なタンパク質が最初から活性を持っていると、ウイルス粒子はそれを産生する細胞から離れられない。細胞に結合する活性のない未熟粒子として感染細胞から放出され、その後にウイルスプロテアーゼの働きにより細胞結合能力を獲得すれば、次の標的細胞に感染することができる。
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