2020/05/21【新型コロナウイルス:COVID-19】職員123人が新型コロナで死亡、ニューヨーク地下鉄・バスの惨状 /アメリカ
<初期には地下鉄・バスを通じて感染が広まったと考えられ、ただでさえ悪かった地下鉄のイメージは地に落ちた感が……>
ニューヨークの公共交通機関について、近郊鉄道(ロングアイランド鉄道と、メトロノース鉄道)、地下鉄、バスのほとんど全ては、MTA(ニューヨーク都市圏交通公社)という公社の経営になっています。このMTAの各路線を通じて、ニューヨーク市内と近郊における新型コロナウイルスの感染が拡大したというのは、4月のピーク時によく言われていました。また、そのためにMTAの乗務員に感染者が出ているということも、断片的には伝えられていました。
そのMTAは5月20日になって、コロナウイルスによる職員の死亡が123人に上ると発表し、あらためて衝撃が走っています。
MTAの職員数は約7万人ですが、そのうち間接部門に勤務する約2万人の中での死者は3人のみ。つまり約5万人の現業部門職員の中で120人が亡くなったことになります。10万人あたりで換算しますと240人ということになります。
どうしてここまで悲惨な結果になったのかは、MTAも州、市当局も十分な分析はできていないようですが、次のような原因が重なった結果という見方ができると思います。
貧困地区を結んだ地下鉄・バス網
まず、ニューヨークにおける地下鉄・バスというのは大量輸送機関として、特別な構造を持っています。と言うのは、全市内均一料金(現在は2ドル75セント)という比較的廉価な通勤手段として、雇用の多いマンハッタン島と、貧困地区を含む住宅地であるブルックリン、クイーンズ、ブロンクスを結んでいるからです。
今回の感染拡大で、有色人種、特に黒人とヒスパニックの貧困層が最も脆弱なグループとして浮かび上がってきていますが、彼らの多くは地下鉄やバスを通勤に使っています。そのために、感染の初期においては地下鉄やバスを通じて感染が全市に広がり、特に脆弱な貧困層で感染者が増えたと考えられます。また、感染者の多くは発症しないことで、全く無自覚のまま地下鉄・バスでの通勤を続けた結果、さらに感染を広めたのです。
その結果として、ロックダウンが行われるまでの期間を中心として、地下鉄とバスは感染拡大の温床となり、そこに乗務していたMTAの乗務員にも感染が広がったと考えられます。
感染防止対策が後手に回ったことも大きかったようです。ニューヨークで本格的に感染拡大が明るみに出たのは3月上旬ですが、この時点では組合が「乗務員のマスク着用」を申し入れたところ、MTAは反対に禁止の通達を出したのでした。この時点では、連邦のCDC(米疾病予防管理センター)が無症状者のマスク着用を否定していたこともありますが、MTAとしては「服装規定に反する」とか「コロナ患者が乗務していると思った乗客がパニックを起こす」という理由で認めなかったのです。
マスクの件だけでなく、消毒への意識も低く、タッチパネル式の出退勤記録装置で感染が広がった疑いがあるとか、換気への意識などは全く無かったとか、極端な場合は駅構内で肺炎によって亡くなっていた人が放置されていたというカオス状態もあったようです。
そんななか、MTAは4月に入って犠牲者が増えてくると、「遺族への見舞金」ということでコロナ関連死の場合は「一律50万ドル(約5400万円)」を用意するとしましたが、今後は多くの訴訟が起こされる可能性も指摘されています。
そもそもMTAの、例えば地下鉄で感染が広まったことには、物理的な要因も指摘されています。特に駅構内の天井が低く換気が悪いとか、車両についても「1から7と数字で線名のついているAディビジョン」の線区の場合は歴史的な経緯から、特に車内の内寸が小さいなかでまさに「密閉、密集」の空間となっていたこともあると思います。
また、最近は非接触式の電子改札が一気に設置されたにしても、その改札を通るには「バーを手押しする」とか、急加速・急制動の多い運転スタイルのために車内では「つかまっていないと危ない(日本の地下鉄や電車以上に)」という問題なども要因と言えるでしょう。
求められるインフラ更新、サービスの意識改革
最大の問題は、設備も車両も老朽化し、ブレーキのまき散らした金属粉に加えて下水の匂いがしたり、換気だけでなく照明も不十分な環境で、衛生管理がまったくされていなかったことだと思います。これは乗務員も同じで、詰め所には石鹸で手を洗う設備はほとんどなかったのだそうです。
衛生管理ということでは、今回のコロナ危機を通じてニューヨークではホームレスが地下鉄の車内を「居場所」にしてしまい、さらに車内の環境が悪化する問題も起きています。以前から決してイメージの良くなかったニューヨークの地下鉄ですが、今回のコロナ感染拡大の温床になったことで、さらにイメージは地に落ちた感があります。
危機が落ち着いた時点で、MTAは経営の姿勢を改め、車内や駅構内の環境を含めたインフラの更新、そしてサービスの意識改革を行わなければならないと思います。いくら大都会とはいえ、ニューヨークという1つの都市の地下鉄とバスの現場職員だけで120人もの犠牲者を出した事実はあまりに重たいからです。
https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2020/05/123.php