2020/05/22【新型コロナウイルス:COVID-19】100を超える新型コロナワクチン開発が世界で進む 実用化、普及目指し国際協力を
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界の感染者は、米ジョンズ・ホプキンズ大学の集計によると5月21日に500万人を超え、死者も33万人に迫っている。地球規模での感染拡大が続く。こうした深刻な状況の中で、感染を予防するためのワクチン開発は世界中で活発に進んでいる。世界保健機関(WHO)が5月中旬に公表したワクチン開発に関する報告書によると、118もの開発が進行中で、このうち米国や中国、英国などの8つのワクチン候補については、安全性や有効性を確かめる臨床試験が先行している。米バイオテクノロジー企業モデルナは5月18日に感染を防ぐ効果が期待できる中和抗体が確認できたと発表し、日本でも注目されている。
ワクチンは患者だけに投与する治療薬と異なり、健康な人に広く投与される。このため有用性だけでなく、安全性をしっかり確認することが大前提となる。「ワクチンを早く開発してほしい」。世界中の多くの人々が安全で効果のあるワクチンの登場に期待を寄せるが、信頼性に欠けるデータに頼った拙速な開発は危険だ。「日本を含めて世界各国にワクチンが普及するまでにはまだまだ時間がかかる」。そう考えながら当面は、国のレベルから個人のレベルに至るまで感染予防対策を徹底するしかなさそうだ。
「8人に中和抗体」ニュースで株価が急上昇
5月18日月曜日のニューヨーク株式市場。ダウ平均株価は前週末に比べて900ドルを超える大幅な値上がりとなった。モデルナは同日、開発中の新型コロナウイルスのワクチンを投与した8人で感染を防ぐ中和抗体が血液中でできたとする臨床試験成果を発表した。米メディアは、株価の急上昇はワクチン開発への期待感が大きな要因と伝えた。新型コロナウイルスと戦うためのワクチンへの期待が、いかに大きいかを印象付けた一日だった。
モデルナによると、同社は米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)と共同でワクチンを開発し、3月に小規模で行う臨床試験の「第1相試験」を実施した。45人を3グループに分けて28日間隔で2回ワクチンを投与した結果、投与の2週間後には8人に中和抗体ができたという。中和抗体は抗体の中でもウイルス感染予防効果が期待できる抗体だ。この成果を受けて同社は近く、対象者を約600人に増やす「第2相試験」を始め、7月ごろには大規模な「第3相試験」に入る予定だ。大いに期待されるが、現段階で実用化のめどが立ったとはまだ言えない。
ワクチンは人体に疑似的な感染状態をつくり、体が免疫を獲得することにより感染症を予防する。そのワクチンにも、さまざまなタイプがある。病原性を弱めて使うのは「生ワクチン」で、風疹やBCGのワクチンはこのタイプ。病原性をなくして使うのは「不活化ワクチン」で、インフルエンザワクチンはこのタイプだ。
最近では遺伝子を使う「DNAワクチン」や「RNAワクチン」、遺伝子を組み換えたタンパク質を使う「組み換えタンパク質ワクチン」の研究開発が盛んだ。今回米モデルナ社が開発したのは、ウイルスの遺伝情報の一部を利用するメッセンジャーRNA(mRNA)を利用したワクチン「mRNA-1273」。RNAワクチンの一つと言える。
mRNAには細胞の“タンパク質合成工場”に、多様なタンパク質をつくるための遺伝情報を伝達する役割がある。モデルナが開発したワクチンに含まれるmRNAには、新型コロナウイルスが人に感染する際に使う「スパイクタンパク質」の一部をつくる情報が含まれている。ワクチンを投与する人の細胞内にこのスパイクタンパク質をつくらせる。そして免疫システムにウイルスを認識させ、ウイルスが体内に侵入しときに攻撃するよう仕向ける仕組みだ。期待は大きいものの、mRNAワクチンはこれまで使用が承認されたことも量産されたこともない。前例のない挑戦的な試みだ。
118の候補のうち8剤が先行
WHOは5月15日、現在世界中で進む新型コロナウイルスに対するワクチン開発の現状を詳細にまとめた報告書を公表した。各国の開発状況を知る上で貴重な資料だ。WHOが挙げた118の開発のうち、8つのワクチン候補剤を先行例とした。
米国の先行例として企業名が挙がったのは、モデルナのほか、同じ米企業のイノビオ。同社は4月にDNAワクチンの臨床試験を始めている。中国では不活化ワクチンを開発したシノヴァク・バイオテック(Sinovac Biotech、科興控股生物技術)の名前がある。欧州ではドイツのバイオ企業ビオンテックが米製薬企業ファイザーと共同でRNAワクチンの試験を継続中だ。また英オックスフォード大学も試験を進めている。同大学は無害なウイルスの遺伝子を改変し、新型コロナウイルスに類似したウイルスをつくり出す技術を応用している。
日本のワクチン開発はWHOのリストでは先行例8件には含まれなかったが、110のリストに国立感染症研究所や東京大学医科学研究所、大阪大学などによるワクチン候補6剤も掲載された。「日本発のワクチン」として国内で期待されるが、動物実験の段階に入ったものはあるものの臨床試験は始まっていない。国立感染症研は塩野義製薬と共同で組み換えタンパク質ワクチンを、また東大医科学研はmRNAを利用したワクチンをそれぞれ開発中で、早期の臨床試験を目指している。
天然痘がワクチンの先駆け
全国で非常事態宣言が出されていた5月14日は「種痘記念日」だった。種痘は天然痘のワクチン接種のことで、1796年のこの日に英国の医者ジェンナーが初めて人間にワクチンを投与した日とされる。ジェンナーのワクチン開発のヒントになったのは「牛の伝染病である牛痘にかかった人は天然痘にかからない」という農民の言い伝えだったという。症状が軽い牛痘に感染させることで天然痘に対する免疫を持たせることに成功し、これがワクチンの出発点だった。その後種痘は世界に広まり、時間はかかったが感染者は徐々に減り、WHOは1980年に天然痘の根絶を宣言した。
天然痘の場合、ジェンナーによる試みから根絶まで長い年月がかかった。時代はまったく異なり、国際協力が進む現在とは比較できないが、ワクチンの登場からウイルスの根絶まで時間がかかることを示している。根絶はできないまでも「ワクチン開発からウイルス終息までの時間をいかに短くするか」。新型コロナウイルスと対峙する上での最重要課題だが、この時間を短縮しうるためには緊密な国際協力は不可欠だ。
新型コロナウイルスが1月に同定されてからわずか約4カ月で100を超える数のワクチン開発が進んでいる背景には、中国の研究者がウイルスのゲノム(全遺伝情報)を解読し、データをすぐに公開したことが大きい。
新型コロナウイルスとの「戦い」にしろ「共存、共生」にしろ、世界の英知を集めなければならないのは自明なのだが、気掛りなのは、ウイルスをめぐる米国と中国の対立だ。WHOを「中国寄り」として資金拠出の停止を打ち出したトランプ大統領率いる米政府と、公衆衛生分野での国際的な影響力拡大を狙う中国政府との関係は、悪化の一途をたどっている。
ワクチン開発についても米中は「実用化一番手」を目指して躍起になっている、と多くの海外メディアが伝える。ワクチンが開発され、発展途上国を含めて世界に普及し、ウイルスの終息に向かわせるためにも国際協力、国際協調は欠かせないはずだが現状は危うい。
ワクチン開発は今世紀の歴史に記される
日本医師会の横倉義武会長は4月28日に日本外国特派員協会で記者会見し、「私の意見としては、有効なワクチンが開発されないと、東京オリンピック・パラリンピックを開催するのは難しいのではないか。できるだけワクチン開発を急いでいただきたい」などと発言した。
オリンピック・パラリンピックは世界5大陸から選手が集まり、外国から訪れる人を含めた多数の観客の応援を得ながら行われる世界規模の大イベントだ。そのことを考えると説得力がある発言だった。この大イベントを楽しみにしている日本人も多い。だが、ウイルス封じ込めの「切り札」となるワクチンの実用化のめどは現時点で残念ながら立っていない。
トランプ大統領は、製薬企業と軍を動員した軍民一体で年内にもワクチンを用意する「ワープ・スピード作戦」を掲げている。しかし米国立衛生研究所(NIH)などは実用化に1年以上かかるとの見通しを示している。NIAIDのファウチ所長は3月に「ワクチンが使えるようになるには少なくとも1年半はかかる」と発言している。
ワクチンが開発されてもその国だけでなく、世界で広く使われなければならない。その際はどの程度の量が供給されるかが大きな課題となる。当然その企業の量産体制とそれを支えるその国の政府方針がカギとなるが、ここでも「自国主義」を超えた国際協力、国際協調が求められる。ワクチンを公平、公正に配る優先順位の基準もつくる必要がある。
「SARS-CoV2」と名付けられた新型コロナウイルス。そしてこのウイルスに対峙するワクチン。そのワクチンにより「集団免疫」ができれば、人々は「外出自粛・制限」から解放されて通常の生活に戻れる。人類の英知を集めたワクチン開発が実現し、COVID-19を終息することができれば-。それは科学史だけでなく、世界史にも記される今世紀の画期的なできごとになるのは間違いない。
https://scienceportal.jst.go.jp/…/2020/05/20200522_01.html