新型コロナの新規感染者が減少傾向を見せるなか、感染症の専門家らが懸念しているのが、冬にくるであろう“第6波”だ。田村憲久厚生労働大臣も、第6波への対応が必要との見方を示している。
だが、この1年半を振り返っても、現在の感染対策(マスク、手指消毒、ソーシャルディスタンス)と人流抑制だけでは、十分に感染を抑えられていない。今の対策に限界があるのは、誰が見ても明らかだろう。
そんな状況を見かねて、声を上げたのが東北大学大学院理学研究科の本堂毅さんほか、38人の科学者だ。8月に「最新の知見に基づいたコロナ感染症対策を求める科学者の緊急声明」を発表し、「空気感染」に主眼を置いた感染対策を充実させることを、政府に求めた。
■感染ルートへの理解が大きく変わってきている
物理学を専門とし、シックハウス症候群などの病気と室内換気との関係についての研究で知られる日本臨床環境医学会に所属する本堂さん。新型コロナが登場したばかりの昨年と、新たな知見が出てきた今とでは、感染ルートへの理解が大きく変わっていると考える。
「これまで接触感染と飛沫感染が主なものとされていた感染ルートが、研究の進展によって接触感染はまれであることが判明する一方、これまでまれだと考えられていた空気感染が主な感染経路であることがわかってきました」
事実、今年5月には、CDC(アメリカ・疾病対策センター)も空気感染が新型コロナの重要な感染経路と言及。すでに昨年10月には、ドイツが学校や美術館などの公共施設の空調の整備に5億ユーロ(約650億円)の予算をつけている。
さらに本堂さんは、空気感染という言葉に対して誤解が生じていることにも疑問を持つ。
「空気感染とは、“空中を浮遊するエアロゾルを通して感染が広がる(airborne infection)”という意味であり、ウイルスの感染力の強さとはまた別の話です。大事なのは、空気と一緒に滞留するウイルスに対して、どう対策をとるべきかなのです」
昨年も話題になったエアロゾルとは、どんなものなのか。これについては、室内の空気清浄に詳しい工学院大学工学部建築学科教授の柳宇さんが説明する。
「エアロゾルとは、固体、あるいは液体の物質とまわりの空気が混ざった粒子のこと。大きさも定義されていて、0.001~100ミクロン(1ミクロンは1000分の1ミリ)のものをいいます」
エアロゾルは重力によって落下していくが、その速さはかなりゆっくりだ。柳さんによると、5ミクロンのエアロゾルを、人が立っているときの口や鼻の高さである1.5メートルから落下させると、気流がまったくない状況でも35分間かかるという。
「エアロゾルの落下は温度や湿度、気流などにも大きく影響され、気流があればそれにのってどこまでも運ばれます。つまりエアロゾル感染=空気感染なのです」
では、どんな空気感染対策をとればいいのだろうか。本堂さんは言う。
「ポイントは、“空気の溜まり場を作らない”です。そのためには適切な換気が大事で、必要に応じて補助的に空気清浄機を活用します」
■2つの「空気感染対策」が必要だ
では、2人に聞いた空気感染対策を紹介しよう。
①適切な換気
厚生労働省も新型コロナ対策として、換気を呼びかけている。ただ、日ごとに気温が下がってくるこれからの季節、窓を全開にして換気するのは、現実的ではない。寒さを我慢して風邪を引いてしまうようでは、元も子もないだろう。
とはいえ、本堂さん、柳さんがすすめるのは、ずっと窓を開け続ける「常時換気」だ。30分に1回、窓を開けるなどのいわゆる「こまめな換気」は×。なぜなら、窓を閉めている間は気流が生まれず、空気のたまり場ができてしまうからだ。柳さんが言う。
「例えば、30分に1回、換気をしていたとしましょう。そこに感染者がいて、くしゃみをした場合、ウイルス入りのエアロゾルは30分以上、室内にとどまっていることになります。その空気を同じ部屋にいるほかの人が吸い込めば、当然ながら感染リスクは高まります」
寒い季節でも可能な常時換気のポイントとして、柳さんは「開けるのは必要な窓だけにとどめ、こぶし1つ分だけ開ける」ことをすすめる。
「このときに意識したいのは“空気の通り道”です。空気が部屋をくまなく流れるためには、対面の窓を1カ所ずつ開けるのが望ましい。開ける幅は5~10センチで十分です」
なぜ1カ所の窓開けではダメかというと、それでは空気の出入り口ができないからだ。開けている窓の周辺は換気ができても、部屋の奥には新鮮な空気が届かず、空気のたまり場ができてしまう。よって、換気の意味をなさないというわけだ。
この常時換気をサポートするのが、マンションやアパートなどでは各部屋についている丸や四角の換気口(通気口)。ここはつねに開けておくことで、換気の効果が高まるという。
もう1つ、常時換気の強い味方がレンジフード(換気扇)だ。
「レンジフードは風量が大きいうえ、室内の空気を吸い込んで外に排出する機能を持ちます。室内が陰圧になるので開けた窓や換気口からは新鮮な空気が入り、空気の通り道を作ってくれるのです」(柳さん)
実際、柳さんらが行ったシミュレーションによると、換気を何もしていない場合は1分ぐらいで人の呼気から出たエアロゾルがリビングから部屋全体に広がるが、1カ所の窓を開けてレンジフードをオンにした場合、エアロゾルはレンジフードに吸い込まれていき、室内に広がることはなかった。
同じような意味で、トイレや風呂場の換気扇も常時、回しておいたほうがいいという。
換気中の暖房に関しては、ガスファンヒーターのように動かせるものであれば、できるだけ窓の近くに設置する。そうすると冷たい外気が暖房で暖まって部屋に入るので、室温を大きく下げることはないそうだ。
本堂さんは、今後、室内換気に重点を置きたいと考える人には、「熱交換器型換気機器(熱交換器)」の設置をすすめる。ビル換気でも使われている方法で、エアコンのようにあとからでも取り付けることができる。
「1時間に5回程度空気を入れ換えられるような、十分に換気量がある機種を選ぶことが大切です。本体だけでなく工賃もかかりますが、取り入れる外気を室温に近い温度にできるので省エネになります」(本堂さん)
なお、換気は“誰が感染しているかどうかわからない”といった状況で役立つ対策であり、感染者や濃厚接触者が判明しているときは、換気だけでは十分ではない。部屋を別にする、共有部分の消毒などの対策が別途必要になる。
■そのままでは空気が流れない場所の対策に空気清浄機
②空気清浄機の利用
空気清浄機の補助的な利用は、CDCや厚生労働省も推奨している。知りたいのは「どこに置くか」「どんな空気清浄機がいいか」の2点だろう。
まず、空気清浄機の置き場所だが、「窓が1カ所しかない部屋や、奥まっている場所など、そのままでは空気が流れない場所の対策には有用だろう」と本堂さん。
「空気清浄機を置くことで、空気のたまり場をなくすことができます。最近、常時開放した入り口のドア付近に空気清浄機を置いている店を見かけますが、開けてある入り口から入ってくるのは新鮮な空気です。外気に含まれる花粉対策にはなるかもしれませんが、ウイルス対策としては意味がありません」
続いて、空気清浄機の種類。最近はいろいろな機能がついたものが登場しているが、どれを選べばいいのだろうか。
「ひと口でいえば、高性能の製品を選ぶ必要はないです。空気清浄機の基本的な役目はあくまでも空気をろ過することであり、付加価値をつけた機能の部分ではありません」(本堂さん)
フィルターには捕集できる微粒子の大きさによって、粗塵用フィルター、中性能フィルター、HEPAフィルター、ULPAフィルターに分けられる。ULPAフィルターがいちばん、性能が高い。現在、市販されているほとんどの空気清浄機に用いられているのが、HEPAフィルターだ。かなりのエアロゾルをキャッチしてくれる。
ただ目が細かい分、一定の空気抵抗があるため、ある程度の大きさのモーターがついていないと、十分な風量を確保できない。風量が小さければろ過できる空気の量は少なくなるので、空気清浄機は大型で空気をどんどん吸い込むものがいいという。
■メンテナンスの際、アルコールを噴霧するのはNG
忘れてならないのは、定期的なメンテナンスだ。ホコリなどでフィルターが根詰まりを起こせば、空気はろ過されない。掃除はまめに行い、その際はフィルターにウイルスが付着しているという前提に立ち、十分な換気のもと、マスクや手袋することが重要だ。
メンテナンスの際、除菌や消毒のためとアルコールを噴霧する人もいるかもしれないが、「それは絶対やっちゃダメ」と忠告するのは柳さんだ。
「実は、多くの空気清浄機に取り付けられているHEPAフィルターは、正確には“静電気HEPAフィルター”というもので、中性能フィルターに荷電し、静電気の力でHEPAにまで性能を上げています。アルコールを噴霧すると除電されてしまうので、性能は落ちます」
今回、2人の専門家に聞いた空気感染対策の考え方は、「仕事や食事をする際は、できるだけ外から空気が入ってくる席を選ぶ」「屋外でも空気の溜まりそうな場所は、感染リスクがあると思って注意する」などの点で応用できる。
「もちろん、空気感染対策としての不織布マスクも重要です。すき間なく装着すれば、エアロゾルが入り込むのを予防できます」(本堂さん)
現時点では、事務局である本堂さんのところには、政府から連絡はない。だが、1人ひとりがこうした専門家の知識を得て、実践することは可能だ。
こうした対策を試みながら冬の第6波に備えたい。
https://news.yahoo.co.jp/…/a998c4cfa0a2a410ab5f6a17fef3…