2021/10/03【新型コロナウイルス:COVID-19】新型コロナ「mRNAワクチン」生んだ2つの発見 30年来の研究がつながる

今年もノーベル賞の季節がやってきました。10月4日(日本時間)の「生理学・医学賞」を皮切りに「物理学賞」(5日)、「化学賞」(6日)と連日発表されます。
これに合わせて、日本科学未来館の科学コミュニケーター皆さんに3回連載で注目の研究や各賞の歴史を紹介してもらいます。第1回は「生理学・医学賞」の分野を取り上げます。科学者たちの長きにわたる努力と探究心によって、ノーベル賞の受賞が期待される研究はたくさんあります。その中から新型コロナウイルスのワクチン開発につながった2つの重要な研究をお伝えします。

そもそも「RNA」って何? どんな役割なの?

はじめに、mRNAとは一体何でしょう。
私たちの体の細胞の核一つひとつには、「DNA(デオキシリボ核酸)」と呼ばれる遺伝情報を持つ物質が含まれています。基本的にはこのDNAを型枠にして作られるのが「RNA(リボ核酸)」です。DNAとRNAは「リン酸、糖、塩基」が1つのユニットとして連なっています。DNAが「二重らせん構造」を取るひも状の分子であることはよく知られていますが、RNAは様々な種類があり、数ユニットからなる短いRNAもあれば、たくさんのユニットが連なり大きな分子となったRNAもあります。
そのうち、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれるRNAが、DNAの持つ遺伝情報を細胞の核の外に持ち出す情報伝達の働きをします。核内に収納されたDNAから必要な情報だけをmRNAに写し取り、核の外に持ち出すのです。持ち出された情報からたくさんのアミノ酸が並べられ、タンパク質が作られます。
体のすべての情報(DNA)から、必要なところだけ写し取って持ち出し(mRNA)、目的のタンパク質を合成し、タンパク質が体の中でさまざまな機能を実現するというこの仕組みはなんと、地球上の生き物みんなに共通のものです。
この仕組みを利用すれば、DNAに書かれていない情報でもmRNAがあれば特定のタンパク質を体の中で作らせることができるのではないか。mRNAをもとに体の中で有用なタンパク質を作ることができれば、医薬品として利用できるのではないか。このアイデア自体は昔から考えられていて、1990年にマウスの筋肉に人工のmRNAを投与した研究が報告がされています。しかし、この研究がすぐにいろいろな病気の治療法の開発に結びついたわけではありませんでした。
RNAには医薬品として体に投与するのに適さない2つの性質があったためです。
この性質を克服し、RNAを医薬品として使う上で必須となる発見をしたのが、当時、米ペンシルバニア大学で研究していたカリコー博士とワイスマン博士です。

(1)人工RNAが「免疫反応で排除されない」ための発見

RNAが医薬品として適さない性質の1つ目は、人工RNAが体の中で異物とみなされて免疫反応を引き起こし、排除されてしまうことです。
現在、新型コロナワクチンとして使われているmRNAは、mRNAから新型コロナウイルスのタンパク質の一部を作らせ、そのタンパク質への免疫反応を誘導するものです。免疫ができれば、感染症を引き起こすウイルスや細菌から身体を守ることができます。できたタンパク質への免疫反応は大歓迎ですが、せっかくmRNAが働き始める前に、免疫反応によって排除されてしまっては意味がありません。
人工RNAが体の中で異物とみなされてしまうのはなぜでしょうか。細胞の中で作られるRNAと何か違うのでしょうか。
RNAの基本の構造はDNAと同様に「リン酸、糖、塩基」を1つのユニットとします。しかし、哺乳類の細胞の中で作られるRNAはその後、あちらこちらに化学的な修飾(塩基や糖における化学的変化)を受けます。
それに対して、研究室で作られた人工RNAは修飾がない状態。じつはこの状態はある生き物のRNAに似ています。
その生き物とは、大腸菌やカンピロバクターといった細菌です。
このことからカリコー博士とワイスマン博士は、「哺乳類の体はRNAの修飾を目印にして自分自身のRNAと細菌のRNAを区別している、そのため人工RNAも細菌のRNAと同様に異物だと判断されて免疫反応が起きて排除されてしまうのではないか」と仮説を立てます。
2人の博士はこの仮説を証明しようと、人工RNAに色んなパターンの化学的な修飾を施し、免疫反応が引き起こされるかどうか実験を行いました。そして、RNAを構成する物質の一つであるウリジン(=塩基のウラシル(U)と糖を合わせた呼び名)に修飾をつけることで、免疫反応を抑えられることを発見しました。これは2005年のことでした。

(2)RNAは「分解されやすい」を解消した発見

RNAが医薬品として適さない性質の2つ目は、RNAは分解されやすいということです。
タンパク質の合成に関与するというRNAの役割を考えると、この特徴は必要なものです。もしも、RNAが分解されずに細胞の中にずっと残ってしまったら、特定のタンパク質が延々と作り続けられることになってしまいます。つまり、RNAが速やかに分解されることで、必要なタンパク質を必要な分だけつくることができるのです。
ただ、医薬品として使うことを考えると、分解されやすいのは困ったことです。
2005年のカリコー博士らの発見のおかげで、mRNAが働き始める前に排除されることを防げるようになったのに、mRNAがすぐに分解されてしまっては必要なタンパク質を少ししか作れません。
そこで1つ目の発見の後、カリコー博士たちは化学的な修飾を施したmRNAを哺乳類の細胞やマウスに投与して、タンパク質がどのくらい作られるのか調べてみました。「化学的な修飾によって、RNA分子の機能が変わるかもしれない」。そんな風に考えたのかもしれません。
免疫反応を抑えるためのウリジンへの修飾にもさまざまなパターンがあります。中でもシュードウリジンと呼ばれる修飾を施すと、mRNAが分解されにくくなり、たくさんのタンパク質を作り出すことも実験から分かりました。この発見は2008年のことでした。

■一朝一夕の開発ではなかったコロナ用「mRNAワクチン」

以上の2つの発見を合わせて、人工のmRNAのウリジンに化学的な修飾を施してシュードウリジンにすることで、体の免疫反応を引き起こしにくくなり、なおかつ目的のタンパク質をより効率的に作り出すことができるようになりました。
昨年来のコロナ禍で、これら重要な発見を経て開発されたのがmRNAワクチンです。この新型コロナワクチンが、感染症との戦いにおいて重要な“武器”であることは言うまでもありません。さらにmRNAはワクチン以外の医薬品への利用も盛んに研究がされており注目が集まっています。
RNAをはじめ、体の中で起きている複雑な生命現象はいまだに多くの謎に包まれています。その謎は研究者の手によって少しずつ解き明かされています。30年来の研究による生命現象に関する新しい発見が、今回のように重要なワクチンの開発につながることもあるのです。
ノーベル賞を受賞する研究はどんな生命現象を明らかにしたのか。今年の受賞者発表も非常に楽しみです。
https://news.yahoo.co.jp/…/1df271e9eeda3e3e5edbb2066d94…

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