2022/04/27【研究報告】「新型コロナはエアロゾル感染も」と感染研 「空気感染」との違いを峰宗太郎医師に聞く
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染経路について、国立感染症研究所が2022年3月28日、「エアロゾル感染、飛沫(ひまつ)感染、接触感染が、主な3つの経路」とホームページに掲載しました。それを伝える報道の中に、「エアロゾル感染=空気感染」と捉えているものがあったのですが、「空気感染」というと、「インフルエンザの10倍の感染力」ともいわれる強い感染力の「はしか(麻疹)」などを想像します。もし、新型コロナウイルスが空気感染するなら、はしか並みの感染対策が必要なはずですが、果たして「エアロゾル感染=空気感染」と考えていいのでしょうか。
ウイルス学や免疫学が専門の医師で、米国国立研究機関の研究員、峰宗太郎さんに聞きました。
■はしかや結核とは違う
Q.エアロゾル感染と空気感染について教えてください。
峰さん「従来、ウイルス等の病原体に感染したヒトなどのくしゃみやせきなどで生じた、微小な粒子を、他のヒトなどが吸引して感染する経路を、微粒子の大きさで区切って分類してきました。
すなわち、5μm(マイクロメートル。1μm は1ミリの1000分の1)よりも大きな『飛沫』を吸い込むことによって感染が生じる形態を『飛沫感染』、5μmより小さな『飛沫核』を吸い込むことによって生じる感染形態を『空気感染』と分類してきたのです。
この分類が成り立った頃は、飛沫は基本的に数メートル以内で速やかに落下すると考えられており、飛沫核は、長期間・長距離を漂うことによって、遠く離れた他者へ感染が広がるものである、と概念化されていたのです。
この『古典的な空気感染』を起こす病原体としては、『結核』、『はしか(麻疹)』、水痘(水ぼうそう)や帯状疱疹(ほうしん)を引き起こす『水痘・帯状疱疹ウイルス』が知られています。これらの感染症は、非常に伝播性・感染性が強く、病院等において、感染者は陰圧室(室内の気圧を室外よりも低くした部屋)で対応し、治療や看護・介護にあたる人は、気密性が高いN95マスクを着用するなどの対応が必要になります。
しかしながら、近年、インフルエンザ、重症急性呼吸器症候群(SARS)、そして新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)などの流行に際して研究が進んだ結果、微粒子の滞留は、そのように単純なものではなく、5μmより大きくても100μm程度より小さい粒子であれば、比較的長い距離・長い時間滞留することが分かってきました。二分法によって『5μm』で、きっぱりと分けられるようなものではない、という理解が進んできたのです。
このような状況で、飛沫核(病原体を含む5μm未満の微粒子)ではなく、従来の分類では飛沫であるけれども、比較的長時間・長距離滞留する粒子を吸引することで感染するような感染形態を、一部の研究者が『エアロゾル感染』と名付けて呼ぶことを提案してきているのが現状です。
これは、従来の二分法の分類よりは妥当な概念であるとは考えられますが、しかし、『エアロゾル』の定義が明確でなく、統一された定義もないのが現状です。よって、文脈や提示者によって同じ現象を指しているわけではないことに注意が必要になっています。
このような状況において、『エアロゾル感染』という用語を、定義なしに、一時的に使っているのが現状となっています。一部の論文を含む資料では、『エアロゾル感染=空気感染』としているものがあったり、世界保健機関(WHO)の資料にも、『エアロゾル=飛沫核』としている記載があったりと、混乱が生じています。
概念の整理や用語の定義が不十分なのが現状であり、それらを整理して使うことが重要になってきます」
Q.新型コロナウイルスについて、国立感染症研究所が「エアロゾル感染」が感染経路の一つであることを発表しました。
峰さん「新型コロナウイルスの感染経路では、『従来の空気感染』というものは、メインでは起こっていないと考えられています。これは、他の病室まで感染が起こるようなケースが少ないことや、感染力が極めて強いはしか(麻疹)との感染性の比較などから考えられることです。
従来の空気感染がメインの感染ルートであれば、もっとクラスターが起こるでしょうし、満員電車などでもクラスターが多発しているものと考えられるのではないでしょうか。
一方、数メートルを超える距離や、密閉空間などで比較的長時間がたった後の場所でも、感染が生じていることから、従来の飛沫感染で想定されたよりは感染しやすい状況があるのも明確です。これを国立感染症研究所は『エアロゾル感染』と示していると考えられます」
Q.エアロゾル感染する感染症は、新型コロナのほかにもあるのでしょうか。
峰さん「普通感冒(風邪)を引き起こすウイルスや、インフルエンザなども飛沫感染を起こし、そのうちある程度の割合は、比較的長距離や比較的長時間滞留しての感染を起こすと考えられます。よって、文脈によりますが、いわゆる『エアロゾル感染』が起こっていると考えられます。先ほども述べましたが、SARSも同様です」
■「空気感染」混同で、過剰な対策の恐れ
Q.エアロゾル感染と空気感染が混同されることで、懸念されることはどんなことでしょうか。
峰さん「空気感染対策は、冒頭の回答でも述べたように特殊な面があります。繰り返しになりますが、結核やはしかなどは、非常に伝播性・感染性が強いため、感染者は陰圧室で対応し、治療等にあたる人はN95マスクなどが必須となります。また、フィルターを通していない換気なども問題になるのですね。
『エアロゾル感染=空気感染』と捉えることで、そういった過剰な対策をしてしまう可能性がありますし、概念として誤解を生むことで、いらぬ恐怖心をあおる可能性もあるでしょう。また、従来の空気感染を明らかに引き起こしている病原体(結核、はしかなど)との差異を捉えにくくなることもあり、対策の強度や妥当性の評価にも、影響し得るかもしれません」
Q.新型コロナが「エアロゾル感染」することを踏まえて、どのような感染対策が効果的なのでしょうか。飛沫感染や接触感染への対策も含めてお願いします。
峰さん「これまでにも言われてきたことですが、『3密の回避』が、具体的かつ重要な対策になります。密閉空間では長時間滞留する飛沫(定義によってはエアロゾル)にさらされる可能性が上がります。密集した場所では当然、飛沫等を浴びる可能性も上がります。密接した距離では大きな飛沫から、いわゆるエアロゾル、さらには飛沫核までを直接浴びる可能性もあります。これらを避けることは、合理的な感染対策となり得ます。
また、他人との距離を取ることも、大きな飛沫による感染リスクを下げられますし、マスクをすることでも同様にリスクが下がると考えられます。空間の換気も重要です。
飛沫核感染をする、つまり『従来の空気感染』をする病原体対策としては、陰圧室や、『HEPA』などの高性能フィルターを通すことが重要ですが、新型コロナウイルスの場合には、従来の空気感染はメインのルートとは考えにくいため、窓を開けることなどでの換気も、よい対策といえるでしょう。
その他、今回の記事の説明では触れていませんが、多くはないものの『接触感染』もあり得ますので、手を洗うことや環境を適切に消毒することも有効な対策となり得ます。
感染ルートを遮断する対策のほかには、ワクチンを接種して宿主(感染する対象)となり得るヒトの免疫状態を変えておくことも、もちろん対策になります。日本では3回目のワクチン接種が若い世代を中心にあまり進んでいないと報道されていますが、やはりワクチンは有効な対策です」