麻疹ウイルス(はしか) Measles Virus
麻疹ウイルス(はしか) Measles Virus
麻疹ウイルスは麻疹の原因ウイルスです。
病原体について
麻疹ウイルスは麻疹の原因となるウイルスで、パラミクソウイルス科に属する直径150~300nmのRNA型ウイルスであり、極めて感染力の強い、空気(飛沫核)感染するウイルスです。
脳内に潜伏して変異を起こし亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の原因にもなりえます(変異したウイルスはSSPEウイルス)。
特徴
麻疹ウイルスは、熱、光、酸などによって不活化されやすいです。
空中や、ものの表面では数時間でかなりの部分が不活化します。そこで、ものの表面についた麻疹ウイルスは手を介して口や鼻に運ぶよりは、患者が咳をして生じた飛沫を吸い込んで感染してしまう場合の方が多いとされています。
麻疹患者が在室して咳をしていた部屋では2時間後位までは、感染力のある飛沫が空中を漂っている可能性があります。患者から他の人に感染する力は強く、患者の身近の麻疹の免疫のない人は90%以上の確率で感染すると言われています。
前兆症状が始まってから、発疹出現の4日後位までの間、麻疹ウイルスは、患者の鼻やのどから出てきます。そこで、麻疹は、発疹出現の4日前位から、発疹出現の4日後位までの間に患者から他の人に感染します。
ワクチンの無い時代、全く免疫を持たない島民の半数以上が、初感染で死亡するほど恐ろしい感染症でした。上気道、下気道は勿論のこと、血液中の免疫担当細胞等、全身でウイルスが増殖(ウイルス血症)し、ツベルクリン反応が陰性化を示す免疫不全が生じます。そのため、細菌感染症による合併症で死亡する例が多いです。
潜伏期間と主な症状
鼻やのどの粘膜に麻疹ウイルスが付着、侵入し増殖を始めることによって麻疹の感染が始まります。
潜伏期間は10~12日(7~14日のこともあります)、麻疹の感染が始まってから発疹が出るまでだと平均で14日(7~18日のこともあります)かかります。
前兆症状は、2~4日(1~7日のこともあります)続きます。前兆症状としては、発熱とともに咳や鼻水が出始め、結膜炎を伴うこともあります。熱は38度程度に達しますがやがて下がります。
また、麻疹に特徴的なコプリック斑が、前兆症状が始まってから2~4日後に、第一、第二臼歯に対応する頬の内側の口腔粘膜に出現します。コプリック斑は粘膜にまかれた少量の白砂のように見え、周囲の粘膜は赤くなっています。コプリック斑が出現してから1~2日後に発疹が出現し始め、発疹が出現すると1~2日でコプリック斑は消えてきます。
麻疹の発疹は、発疹が出る前の前兆症状が出現してから3~5日後に、出現します。赤い斑状丘疹で、通常5~6日は出現しています。
髪の毛の生え際の、耳の前や下、首の脇にまず出現し、顔や上頚部に広がり、24~48時間かけて体幹部や四肢へと広がります。赤い斑状丘疹は不連続ですが、とくに上半身では多くは癒合して、顔が一面真っ赤になることもあります。発疹が出て来ると一度下がっていたものが再び発熱し40度に達することもある高熱が出ますが、3~5日の内に熱は下がり、発疹は出現したのと同じ順序で消えていきます。
発疹の跡にはしばらく銅褐色の変色が残りますが、これもやがて消えます。
麻疹の合併症は、5歳未満の乳幼児と20歳以上の大人で起こる確率が高いです。
1985~1992年のアメリカ合衆国のサーベイランス・データによれば、麻疹報告例の、8%で下痢が見られ、7%で中耳炎(こどもで多い)が見られ、6%で肺炎(死因となることもある)が見られました。
また、急性の脳炎が0.1%で見られ、発疹出現後の平均6日後(1~15日後のこともあり)に発熱、頭痛、嘔吐、首が固くなる、傾眠、痙攣、昏睡等の症状で出現しました。
脳炎となった場合の致死率は15%、何らかの神経学的な障害が残った者25%でした。
1985~1992年のアメリカ合衆国のサーベイランス・データによれば、麻疹報告例の、0.2%で死亡が見られました。小さなこどもや成人での死亡が多かったです。死亡例の60%で肺炎が見られました。
死亡例の死因として最も多かったのは、こどもでは肺炎、成人では急性脳炎でした。アメリカ合衆国では、1995年以来、麻疹関連の年間死亡者報告数は平均で1人程度です。
亜急性硬化性全脳炎
Subacute Sclerosing Panencephalitis:SSPE)
亜急性硬化性全脳炎(Subacute Sclerosing Panencephalitis:SSPE)は、脳に麻疹の変異ウイルスが持続的に感染して起きる、中枢神経系の病気です。
麻疹に感染してからこの病気を発病するまでの潜伏期間が数年と長く、ゆっくりと進行する遅発性ウイルス感染の一つです。人間の遅発性ウイルス感染としては、他に、JCウイルスによる進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML)が知られています。
100万人の麻疹患者発生に対して、5~16人の亜急性硬化性全脳炎(SSPE)患者発生が報告されています。麻疹にかかってから平均で7年後(最短1か月後から最長27年後)に発症します。
ワクチン接種の既往のある例は、ワクチン接種の既往がない例に比較して16~20分の1とされています。
SSPEを発症するのは、1歳未満で麻疹に感染した場合や、免疫機能低下状態(ステロイドホルモン・免疫抑制剤・抗がん剤などの長期使用状態など)で麻疹に感染した場合に多いです。
免疫の働きが弱い人で、中枢神経系の未発達な幼少期に麻疹に感染すると、中枢神経系にウイルスが持続感染してしまうのではないかとも考えられています。男女比は2:1くらいでやや男児に多いです。SSPEを発症する好発年齢は学童期で、全体の80%を占めます。SSPE患者より分離されるウイルスは通常の麻疹ウイルスとは違っていて、SSPEウイルスあるいは麻疹ウイルスSSPE分離株と呼ばれます。
麻疹ウイルスの外被膜のタンパクでは、HタンパクやFタンパクなどが病原性に重要な役割を果たしています。H(hemagglutinin:赤血球凝集素)タンパクは、ウイルスを宿主細胞に吸着させます。F(fusion:融合)タンパクは、ウイルスと宿主細胞を融合させ、ウイルスを宿主細胞に侵入させます。SSPEウイルスは、通常の野生型の麻疹ウイルスと比較すると、ウイルス粒子の形成と細胞からの遊離に重要なM(matrix)タンパクをつくるM遺伝子に特有の変異が起こっています。SSPEウイルスではMタンパクの機能を失っていて、感染性のある遊離ウイルス粒子を産生せず、隣り合う細胞を融合させて感染がゆっくり拡大していきます。次の第一期から第四期までの経過(Jubbourの分類)が見られます。
第一期
軽度の知的障害(学校の成績低下、記憶力の低下)、性格変化、脱力発作、歩行異常など。
第二期
四肢が周期的にびくびくと動く不随意運動(ミオクローヌス)。知的障害や歩行障害などの運動障害も著明に。
第三期
歩行困難。食事摂取不能。自律神経症状(体温の不規則な上昇、唾液分泌の亢進、発汗異常など)。
第四期
意識消失。全身の筋肉緊張著明亢進。ミオクローヌス消失。自発運動消失。
全経過は通常数年間です。しかし、3~4か月で第四期にいたる急性型(約10%)や、数年以上の経過を示す慢性型(約10%)も見られます。
妊娠中に母親が麻疹にかかると、早産、自然流産、低体重児出産の確率を高めます。
但し、麻疹が原因の先天奇形はまれとされています。麻疹は、健康な妊娠・出産のために注意したい感染症の一つです。
修飾麻疹 Modified Measles
修飾麻疹(modified measles)は、免疫グロブリン製剤を麻疹発病予防のために投与された人や、母親からの免疫抗体がまだ残っている乳児、以前に麻疹ワクチンを受けた人などで、麻疹に対する免疫が十分でない場合に麻疹に感染して見られることがあります。修飾麻疹は、通常の麻疹よりも、潜伏期が長かったり、発熱・発疹等の症状が軽かったりします。修飾麻疹は、通常の麻疹よりも感染力は弱いものの、周囲の人への感染源になる可能性がありますので、注意が必要です。
麻疹は、主にこどもたちに見られる赤い発疹を生じる感染症の代表格です。似た病気に風疹がありますが、麻疹は風疹の兄貴分のような立場です。
ワクチンについて
現在では、有効なワクチンが普及しているため、米国では海外からの渡航者による感染例が年間数十人程度に留まっています。
しかし、近年まで「麻疹輸出国」といわれた日本では、ワクチン接種が十分に普及していなかったため、大学等で集団感染が起きていましたが、ワクチン接種の普及作戦(麻疹ゼロ作戦)が功を奏し、著しく減少しています。
幼児期では軽症で済みますが、成人が感染すると原因不明のまま重症化し、入院する事態となります。
市中ではごく稀にしか見られなくなりましたが、病院においては一人の患者でも見過ごしてはなりません。ワクチン接種年齢は生後12ケ月からと定められていますが、ワクチン接種の結果、母親からつくられた移行抗体の持続が自然感染抗体と同等であるのか問題になります。ワクチンが普及すると自然感染が消滅し、母親からの移行抗体がなくなるため、新生児への感染が危倶されています。
新生児へのワクチン接種は安全性において、さほど問題がないかもしれませんが、臨床試験が不可能であるため、その安全性は保障できません。ワクチンが普及する以前は、2歳未満における自然感染の場合は、100万人当たり0.13人(年間10~20人)が学童期前に発症する亜急性硬化性全脳炎(SSPE)になりました。このSSPEは変異型の麻疹ウイルスが中枢神経細胞へ持続感染することによる遅発性ウイルス感染症であり、予後が悪くなります。
自然感染の場合は免疫刺激が強いため、再発なしと言われていましたが、無症状での再感染によって、免疫強化(booster効果)されることが明らかになりつつあります。ワクチンの場合は、終生免疫が形成されにくいことが確証されようとしているため、2回接種が推奨されています。
2006年6月から予防接種法が改正され、麻疹・風しん混合ワクチン(MRワクチン)は1~2歳未満の間に1回(Ⅰ期)、小学校入学前に1回(Ⅱ期)の計2回接種することとなりました。
撲滅にむけて
院内感染症対策はワクチン接種歴の確認を基に、可能と判断されたら速やかにワクチン接種を行う必要があります。
但し、最も感染しやすいHIV患者のように免疫機能が低下した患者には、安全性が確認されていないため、不可能です。
麻疹患者が入院した場合、速やかに麻疹抗体を含むガンマーグロブリン投与が必要であると言われております。
麻疹はヒトからヒトに感染し、動物が媒介しないため制圧に成功した天然痘、現在進行中のポリオと同様にWHO世界保健機構の「撲滅計画(eradication)」に採り上げられましたが、不安定な世界情勢の煽りを受け、経済的にも困難を要するため、「地域での排除(elimination)」の表現を用いるようになってきました。
注意すること
- 麻疹にかかった人は、学校や職場を休んで、通院以外の外出を控えましょう。学校保健安全法での登校基準は「発疹に伴う発熱が解熱した後3日を経過するまで出席停止とする。ただし、病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認められたときはこの限りではない。」となっています。
- よく手を洗うことは、ものの表面についた麻疹ウイルスを手を介して口や鼻に運ぶことを防ぐために役立ちます。しかし、その前に、患者が咳をして生じた飛沫を吸い込んで感染してしまう可能性が高いです。
- 麻疹にはワクチン(予防接種)があります。かかりつけ医によく相談しましょう。定期予防接種を受けましょう。