ことしも大雨や台風のシーズンが近づいています。いつもの夏と違うのは、新型コロナウイルス。いま、自治体は避難所での感染をどう防ぐか、頭を悩ませています。1人当たりのスペースを確保すると定員が大幅に減少し、受け入れができなくなる事態も想定されています。災害とコロナからどうやって命を守るのか。模索する現場を取材しました。
“コロナ以前”でも足りなかったのに
「去年の台風で突きつけられた課題が、コロナでかなり厳しいものになった…」
去年、台風19号の大雨で大規模な浸水が起きた福島県いわき市の担当者が漏らしたことばです。
台風19号でいわき市では5700棟余りの住宅が浸水、9人が犠牲となりました。
いわき支局に勤務する私(吉田)は自宅前の川の水位が上昇する中、家族を自宅にとどまらせました。浸水想定区域ではなかったことや部屋は2階で十分な高さがあったことから、乳飲み子を連れて外へ避難するより部屋にとどまったほうが安全だと妻と話し合ったことを思い出します。
あれから半年余り。いま、市の担当者が頭を悩ませているのは避難所の確保です。去年の台風で深刻な「避難所不足」を経験していたからです。
特に被害が深刻だった平窪地区では当時、8000人が暮らしていましたが、「浸水が想定される」として地区内に避難所を開くことができず、周辺で開設できた避難所の定員も合計で3100人余りにとどまりました。結果、“定員オーバー”が次々と発生して避難者の受け入れを拒否する事態となり、ネット上では「避難所がいっぱいでどこに逃げればいいのか」という悲痛な投稿が相次ぎました。
いわき市では検証委員会を設置して避難所の確保などについて検討を進めてきました。そこへ降って湧いたような新型コロナウイルスの感染拡大という難題がさらに悩みを深くしています。
草野課長
「避難所にさえ行ければいいという話ではなくなってしまった…。もう前提が変わってしまった感じ」
感染対策と収容人数減少のジレンマ
いわき市がまず取り組んだのは避難所に入れる人数の洗い出しです。これまで避難所の定員は「1人当たりの占有面積は2平方メートル」という全国で広く用いられている一般的な基準で計算してきました。
一方、避難所の衛生や生活環境など多くの指針を定めた国際基準「スフィア基準」では、最低3.5平方メートルと2倍近くです。
今回、いわき市は新型コロナウイルスの感染防止のため「1人当たり6平方メートル」として、人と人との間隔を2メートル確保しようとしています。避難所で受け入れられる人数は従来の3分の1に減ってしまいます。避難所に指定されている小中学校の体育館や公民館だけでは入りきれず、状況は去年よりも厳しくなっています。
民間施設の活用模索も対応は限定的
新たに民間の宿泊施設などを活用して避難先を確保する取り組みも始めました。避難先を複数に分けることから「分散避難」などとも呼ばれ、内閣府も全国の自治体に求めています。
市は県が整える費用負担などの仕組みを受けて、今後宿泊施設との協議を具体化する方針ですが、感染が疑われる人を隔離して避難させるなど特別な対応での活用に限られる可能性があります。
避難所のキャパシティーを飛躍的に増やせるわけではなく、課題が残っています。
避難所運営「懸念がある」自治体が約9割
避難所への受け入れに懸念を抱く自治体はいわき市だけではありません。
4月、私たちは福島県内の自治体に新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中で災害が発生した場合の避難所の対応について、アンケート調査(58自治体から回答)をしました。
およそ89%にあたる52自治体が「懸念がある」と答え、4自治体は「対応できない」と回答しました。また、38自治体が「避難所で十分な距離や面積の確保が難しい」と回答しています。
専門家“課題はスペースだけではない”
被災者支援に詳しく、東日本大震災で避難所の支援にあたった福島大学の天野和彦特任教授は、新型コロナウイルスの感染を防ぐには避難所のスペースを確保するだけでなく、運営態勢が何より重要だと指摘します。
天野特任教授
「状況によっては県外からボランティアを受け入れるのも難しく、行政職員も不足することが想定される。ドアノブなど避難者が触れる場所の消毒や体温などの確認、感染者や感染が疑われる人への対応など運営体制の見直しが急務で、特に地域の医療機関との連携をどうするのか確認しておく必要がある」
避難所のコロナ対策 できることから
対策の時間が限られる中、自治体はいまできる取り組みを始めています。
5月16日には福島市で新型コロナウイルスの感染対策をとりながら避難所を運営する訓練が行われました。
入り口での検温の際には間隔をあけたり、感染の可能性がある人を医療機関に救急搬送する手順を確認したりしましたが、出入り口付近では密集しやすく「密」を避けながら中へ誘導するのに時間がかかるなどの課題も見え、さらに検討を進めています。
蛭田 室次長
「手探りの中で進めている状態。災害は待ってくれないので、感染リスクを下げて住民に安心して避難してもらえるよう対策を検討していきたい」
群馬県富岡市では避難所の「3密」を防ごうと、市の防災倉庫に避難所の間仕切りとして使える段ボールとシートを新たに用意しました。
また金沢市は、今年度から3年かけ、拠点となる避難所68か所に2張りずつテントを配備し、発熱などの症状がある人を分けたり、医師や保健師が診療などを行うスペースとして活用したりするということです。
避難所に行くだけが避難ではない
新型コロナというこれまでにない事態のまま迎える大雨シーズンを前に、いわき市は市民に思い切った“意識の転換”も訴えています。
市のホームページでは「安全な場所にいる人は、必ずしも避難所に行く必要はありません」「親戚・知人宅に避難することも考えてみましょう」と呼びかけています。
『安全な場所ってどこ?』と気になる人も多いと思いますが、内閣府の『避難行動判定フロー』も合わせて紹介されていました。それによると、自治体のハザードマップで色が塗られている地域は「災害の危険性があるので原則として自宅の外に避難」が必要です。また、過去には色が塗られていない場所でも被害が起きています。
フローでは「低い土地や崖のそばなどに住んでいる人は必要に応じて避難が必要」と注意を促しています。そのうえで、安全な親戚や知人宅に避難できるよう日頃から相談しておくことが大切だと指摘します。
自宅にとどまる場合には、次のように安全を十分確認して対応を検討するよう促しています。
1 洪水でも倒壊などの危険がない
2 想定される浸水よりも高い場所にいる
3 水が引くまで水や食料が十分にある
4 土砂災害の危険性があっても頑丈なマンションの上層階にいる
いずれの方法にしても、災害が起きる前に自分の住む地域を調べておくと、いざという時に慌てる心配はなさそうです。
合わせて避難先が「密」にならないかなど、感染防止についても検討しておく必要があります。
取材から感じた“自分事”の重要性
自治体の担当者は一様に避難所の対応に苦悩していますが、一方で「災害時にはためらわず避難してほしい」と口をそろえます。
大切な誰かを災害で亡くした人を取材する時ほどつらいことはありません。そうした取材で皆さん口にするのが「自分がこうなるとは思わなかった」ということばです。
新型コロナウイルスの対策が求められる今だからこそ、自治体に頼るだけでなく、これまで以上に自分の問題として備えておく必要があると思いました。
https://www3.nhk.or.jp/…/20200522/k10012440341000.html