2021/10/11【新型コロナウイルス:COVID-19】新型コロナは既知のもの?ウイルスに関する「常識」とは

■レビュー

新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、ウイルスについて考える機会が増えてきた。しかし、改めてウイルスとは何か、変異とは何かと問われると、うまく答えられないという方も多いだろう。今回の感染症拡大は、私たちがウイルスに対していかに無知で無防備だったかを明らかにしたといえるだろう。
本書『京大 おどろきのウイルス学講義』は、獣医であり、ウイルス学の研究者である著者の立場から、感染症を引き起こすウイルスにとどまらない、ウイルスの本質について明らかにした一冊である。著者によれば、コロナウイルス自体は動物の世界では一般的なウイルスであり、新型コロナウイルスも「既知」のウイルスと言ってよいのだという。本書の解説によって感染症を起こすウイルスの変異について知っていくと、新たな感染症に備えるためには、今問題を起こしていないウイルスについても広く研究していく必要があるという著者の主張にも納得できる。
また、ウイルスというと病気を引き起こすものというイメージがあるが、ウイルスは長年生物と共存してきており、生物の進化にも重要な役割を果たしている。そうした研究成果についての紹介を読んでいると、知的好奇心を刺激され、ウイルス学の面白さにワクワクさせられることだろう。
ウイルスの本質を見つめ、感染症に対しても冷静な対処を促す本書は、多くの人にとって、今の時代を生きる道しるべとなることだろう。(ヨコヤマノボル)

■本書の要点

(1)世界で大きな混乱を引き起こした新型コロナウイルスのような新興ウイルスは、まったく無警戒なところから突然やってくる。その理由は、現状で問題を起こしていないウイルスは研究対象になりにくいためだ。
(2)DNA型とRNA型に分けられるウイルスは、生物の体内にあるタンパク質の工場、リボソームを使って増殖していく。
(3)病原性のウイルスだけでなく、長年生物と共存してきたウイルスもある。レトロウイルスと呼ばれるウイルスは病気を引き起こすものもあるが、生物の進化に重要な貢献をしてきたものもある。

■要約本文

◆次にくる可能性がある「動物界」のウイルス

◇新興ウイルス感染症は予期せぬところからやってくる

2019年末から広がった新型コロナウイルス感染症は、本書が出版された2021年4月の時点でも収束を見せていない。同じような混乱は過去にも起こっている。2002年から2003年にかけてSARSコロナウイルス、2012年にMERSコロナウイルスが出てきたときも、世界は大騒ぎになった。これらのウイルスに共通しているのは、動物由来のウイルスが人に感染して病気を引き起こしたということだ。
新たな感染症を引き起こす新興ウイルスは、まったく無警戒なところから突然やってくる。予算が削減され、目先の成果が問われるようになった研究の分野では、今問題になっていることにしか研究対象にできない。現在の日本のウイルス研究では、研究されるウイルスの種類が偏り、研究者も少なくなってきている。しかし、選択と集中をせずに、どのウイルスについても万遍なく研究しておかないと、新興ウイルスの問題には対応できない。

◇危険なウイルスはほとんど研究されていない

医師が勉強するウイルスの数は、獣医が勉強するウイルスに比べるとはるかに少ない。動物にはそれぞれの種ごとにウイルスがあるため、動物のウイルスは非常に多いのだ。
その中には、変異して人に感染したら恐ろしいことになるウイルスがいくつもある。やっかいなことに、新興ウイルス感染症を引き起こすウイルスは、もともとの動物にいるときは何の病気も起こさないのに、種を超えて人に感染するようになったとたん、強毒性を発揮する。チンパンジーから人に感染するようになったエイズの原因となるHIV-1や、MERSコロナウイルス、SARSコロナウイルス、そして新型コロナウイルスもこれにあたる。
ニワトリに感染し、リンパ腫(リンパ球ががん化した病気)を引き起こすトリヘルペスウイルスは空気感染する。同じことが人のヘルペスウイルスで起きたら大変なことになるだろう。
しかし、現段階で人にも動物にも病気を起こしていないウイルスは、ほとんど研究されていない。

◇「次」に備えるための予測ウイルス学

ウイルス学の権威であった故・日沼賴夫先生は、新興ウイルス感染症に備えるには、起こるであろう病気を予測し、それに対する方法を研究する予測ウイルス学が重要だと2003年に提言した。先見性に富んだ提言であったが、これには「予測できるケース」と「予測できないケース」がある。
「予測できるケース」とは、野生動物が大量に死亡したときに原因となったウイルスを研究して、そこから人への感染を予測して警戒するというものだ。「予測できないケース」については、現時点で問題になっていないウイルスも広く浅く研究して備えることになる。
これまでのウイルス学は、特定のウイルスや宿主を深く研究する「点」の研究にとどまっていた。しかし、次に来るウイルスに備えるには、どこにどんなウイルスが潜んでいて、それらのウイルスがこれまでにどんな宿主を経て現在に至っているのか、という「三次元」のウイルス学を確立しなければならない。遺伝子の解析技術が飛躍的に向上した現在であれば、抽出されたDNAやRNAの配列から、どんなウイルスが存在しているかわかり、そこから病気も発見できるはずだ。

【必読ポイント!】

◆そもそも「ウイルス」とは何?

◇なぜウイルスが広がるようになったのか?

昔は、地球上のある地域で新興ウイルス感染症が広がっても、限られた地域で終わりだった。しかし、人が密集する都市化、国を越え行き来する交通の発達、戦争などの要因によって、感染症が世界中に広がりやすくなっている。中でも戦争は、兵士の移動、医療不足、物不足、食糧不足が重なるため、ウイルス感染症が広がる大きな要因になる。
ウイルスには病原性のものだけでなく、がんなどの病気の発症を防ぐ有用なウイルスも知られている。しかしウイルス全体の中で研究されているのは、氷山の一角にすぎない。選択と集中によって、海面の上に見える病原性のウイルスばかりが研究される。そして、氷山の下にある非病原性のウイルスや、有用ウイルスはほとんど未同定のまま放置されている。しかし、新興ウイルス感染症は「氷山の下のほう」からやってくる。

◇体内で増殖するウイルス

私たちの体を構成しているのはタンパク質だ。生物を構成しているタンパク質をつくり出すのは、「セントラル・ドグマ」という細胞内の機構である。タンパク質の生成には、DNAというタンパク質の設計図、RNAというDNAから必要な情報だけをコピーして取り出した手順書、リボソームというRNAの情報からタンパク質をつくり出す工場が必要だ。この「DNA→RNA→タンパク質」の順に遺伝情報を伝達するという原則を、セントラル・ドグマと呼ぶ。
ウイルスは、DNA型とRNA型に分けられる。それぞれDNA、またはRNAをもっていて、それをタンパク質の殻で包んでいる。設計図や手順書は持っているが、工場は持っていない状態だ。自分自身で増殖することができないので、生物に寄生し、宿主の細胞内にあるリボソームを利用して、自分自身を複製するはたらきを持ったタンパク質を合成させる。そのタンパク質によって、ウイルスは爆発的に増殖していく。

◇新型コロナウイルスの変異

新型コロナウイルスは、哺乳類に感染するウイルスとしては最大級のRNA配列を持ったウイルスで、約3万個の塩基配列でできている。この長さは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の3倍以上だ。
今回のパンデミックで初めて「コロナウイルス」という言葉を聞いた方が多いかもしれないが、獣医の世界ではメジャーなウイルスだ。動物ごとに感染するコロナウイルスの種類は異なり、病気を起こすコロナウイルスと起こさないコロナウイルスがある。
新型コロナウイルスは、センザンコウが由来だと言われているが、もともとはキクガラシコウモリがもっているウイルスだと考えられていて、由来は確定していない。キクガラシコウモリの体内で組換え(リコンビネーション)が起こってヒトに感染するウイルスになった可能性も、他の動物に2種類のキクガラシコウモリ由来のコロナウイルスが感染して組換えを起こした可能性も考えられる。
RNA複製の際、一定確率でランダムに塩基の配列が入れ替わることがある。これが変異だ。組換えは配列が大きく変わるのに対して、変異では長い配列のごく一部がランダムに入れ替わる。それによって、たまたま感染力や増殖力の高い変異株が生まれ、ウイルスは生き残りやすくなる。海外で変異した新型コロナウイルスが国内でまん延することを防止するため、水際対策の強化が叫ばれることもあるが、海外で起こった変異は国内でも起こりうる。変異株が生まれるのは確率の問題であり、動物のウイルスでは世界同時に同じ変異が起こった事例もある。

◆ウイルスとワクチン

◇生ワクチンと不活化ワクチン

ウイルスや細菌が引き起こす感染症に対抗するために、人類はワクチンを開発した。ワクチンは、大きく分けて生ワクチンと不活化ワクチンの2種類がある。生ワクチンは弱毒型の生きたウイルスを接種し、抗体と細胞性免疫をともに誘導する。不活化ワクチンは、死んだウイルスの全体や一部を接種し、主に抗体を誘導し、細胞性免疫の誘導は弱いのが特徴だ。
ワクチンを打つことによってできる抗体には良いものと悪いものがある。抗体がウイルスを呼び寄せ、それが免疫細胞に食べられた後、ウイルスが分解されずに増殖することがある。つまり、抗体がむしろ感染を促進してしまうことがあるのだ。このような現象、抗体依存性感染増強が起こりやすいウイルスの場合は、細胞性免疫が有効だ。
しかし、細胞性免疫を高める弱毒性の生ワクチンにもリスクがある。弱毒にしたつもりでも、復帰変異といって強毒に戻ってしまうことがあるのだ。

◇遺伝子組換えワクチンとmRNAワクチン

生ワクチンや不活化ワクチンの問題を克服するため、別の方法として生まれたのが遺伝子組換えワクチンだ。アストラゼネカ社とオックスフォード大学は、風邪の症状を引き起こすアデノウイルスの一部の配列を、新型コロナウイルスの「スパイクタンパク質」を合成する配列に置き換え、ワクチンを開発した。スパイクタンパク質とは、宿主の細胞に結合する、突起状の部分だ。このワクチンを接種することで、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質に対する免疫が誘導され、発症しにくくなるという仕組みだ。
核酸ワクチンの一種であるmRNAワクチンは、工場にメッセージを送るRNA、mRNA(メッセンジャーRNA)を接種するワクチンだ。mRNAを細胞に取り込ませることで、病原体によって生まれるはずのスパイクタンパク質を作り、免疫が誘導される。

◆生物の進化に貢献してきたレトロウイルス

◇遺伝子を書き換える「レトロウイルス」

レトロウイルスは、生物の進化に大きな貢献を果たしてきた。「レトロ」とはラテン語で「逆の」という意味だ。「DNA→RNA→タンパク質」というセントラル・ドグマの流れとは逆に、レトロウイルスでは「RNA→DNA」という流れが起こる。DNAを書き換えてしまうため、深刻な病気を引き起こすレトロウイルスもある。成人T細胞白血病やエイズは、いずれもレトロウイルスが原因だ。
宿主が死んでしまえば、レトロウイルスも消えてしまう。しかし、ごくまれに卵細胞や精子細胞といった生殖細胞がレトロウイルスに感染することがある。レトロウイルスに感染した生殖細胞から生まれた個体は、全身どこの細胞をとってもレトロウイルス由来のDNA配列情報が入っている。数千万年を経て、レトロウイルス由来の配列は、ヒトゲノムの9%をも占めている。
「胎盤」はレトロウイルスによって形成された生物の中でしっかりした胎盤を持っているのは哺乳類だけだ。1970年代に哺乳類の胎盤からレトロウイルス様粒子が非常に多く出ていることがわかり、胎盤とレトロウイルスの関係が示唆された。
「着床」というとくっつくイメージをするかもしれないが、ヒトの受精卵は、母体の子宮壁や血管を壊して、内部にめり込む。母体にとって受精卵は「異物」だが、排除されることなく、子宮と融合し、胎盤を形成するのだ。この融合に使われるタンパク質の配列は、かつて人類の祖先のDNAを書き換えたレトロウイルスの配列と同じであった。レトロウイルスには、免疫機能を弱める遺伝子配列を持っているものがある。それによって、胎子の細胞が子宮壁にめり込んでも、異物として攻撃を受けずにすむのだ。
ウイルスは悪者にされがちであるが、ウイルスがなければ人も動物もここまで進化することはなかった。動物も植物も細菌もウイルスも、すべて相互に作用しながら、地球全体は一つの生命体として生きている。ウイルスの真の姿を知り、新型コロナウイルスの存在もあるがままに見つめ、冷静に対処していきたい。

■一読のすすめ

新型コロナウイルスの流行を機に、書店には感染症やウイルス学の書籍が多く並ぶようになった。そのような書の中でも、本書を手に取るべき理由は2つある。
第一は、獣医としてウイルス学に関わる研究者としての立場でウイルスの真の姿を解説している点だ。病原性ウイルスだけでなく、今動物にも人間にも問題を起こしていないウイルスまで広く見渡して研究をしなければ、今後出てくるかもしれない新たな感染症に対応できないという提言には、ハッとさせられる。
第二に、ウイルスと生物が共生関係にあることを明らかにしている点だ。ウイルスが生物の進化に重要な役割を果たしているという知見には生命科学の面白さ、知的興奮を感じられるだろう。ウイルスというものの本質を理解したいと考えるビジネスパーソンには最適の一冊だろう。
https://diamond.jp/articles/-/284302

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