2022/05/25【研究報告】焼肉店で発生した腸管出血性大腸菌O157による食中毒事例について (IASR Vol. 43 p114-115: 2022年5月号) /国立感染症研究所

2021年5月に, 川崎市内の飲食店(焼肉店)が提供した食事を原因食品とする腸管出血性大腸菌(EHEC)O157(VT1&2産生)(以下, EHEC O157)による食中毒が発生したため, その概要を報告する。

■概要(表)

2021年5月25日および31日に, 川崎市内医療機関から2件のEHEC O157感染症発生届が川崎市保健所高津支所(以下, 支所)に提出された。2名(有症者)は別グループ(グループA, B)であったが, 共通して利用している飲食店(焼肉店)で調理・提供された種類の異なる焼肉弁当をそれぞれ5月16日, 21日に購入し, 自宅で喫食していた。当該店(5月16~21日)におけるテイクアウトまたはデリバリーの利用客44グループのうち, 連絡先の判明した23グループに支所から健康状態の確認を行い, 消化器症状を呈していることが新たに判明した2グループ2名(グループC, D)の検査を川崎市健康安全研究所で実施したところ, Cグループ1名の検便からEHEC O157が検出された。続けて, 6月7日に市内医療機関からEHEC O157感染症発生届(有症)が提出され, 調査の結果, 5月24日に当該店で焼肉定食を喫食していることが判明した(グループE)。有症者5名(5グループ)の症状は, 下痢・血便・腹痛等の消化器症状であり, うち3名が入院していた。
また, 当該店からの参考食品やふきとり検査, 調理従事者検便からは, 同菌は検出されなかった。
有症者5名には, 当該店以外での共通喫食等はなく, 4名の検便からは, 反復配列多型解析(MLVA)法の結果が同一のMLVAコンプレックス(21c005)のEHEC O157(VT1&2)が検出されたことから, 当該店で調理・提供された食事を原因食品とする食中毒と断定した。

■汚染経路

食中毒患者5名において, 共通するメニューはなかった。
焼肉弁当については, 食中毒患者自宅での長時間の常温放置等もなかった。
食中毒患者が喫食した食品と同ロットの食品の残品は当該店になかったため, 参考品として当該店に保管されていた食品(カルビ, ハラミ, ナムル, キムチ)を検査したが, いずれの検体からもEHECは検出されず, 施設のふきとり検査および調理従事者検便からも, 同菌は検出されなかった。また, 同ロットの食肉等のさかのぼり調査を実施したが, 同様の苦情や関連情報はなかった。
焼肉の加熱状況については, 弁当は調理従事者が焦げ目のつく程度まで加熱調理をしていたこと, 店内喫食の焼肉定食については, 調理用と喫食用の箸等を区別したうえで十分に加熱して喫食していたこと, を聞き取り調査で確認した。食中毒患者5名の当該店利用日が異なる3日間に分布していることからも, 焼肉が汚染されていた可能性は低いと考えられた。
当該店では, 野菜の洗浄シンクが食肉等に用いる器具類の洗浄シンクと隣接しており, シンクのほか, キムチ製造に使用したポリバケツ等の器具の消毒を実施していなかったこと等から, 食肉等による交差汚染の可能性が考えられた。
さらに, キムチは約8日ごとに製造しているため, 最長7日間保存されるなど, 菌による汚染が長期間継続し, 複数日にわたって食中毒患者が発生した可能性も考えられたが, 最終的に汚染経路の特定には至らなかった。

■MLVA法による解析

食中毒患者のうち4名の検便から5株のEHEC O157が検出され, MLVA法で解析したところ, 2種類のMLVA型(21m0039, 21m0040)が確認された。グループCの1名からは2回の検便に由来する2株を検出したが, その2株のMLVA型はそれぞれ21m0039と21m0040であった。21m0039に対して21m0040は1遺伝子座において異なる関係(single locus variant)で類似しており, 5株は同一株か近縁株と考えられた。
また, グループAでは同居家族1名(無症状, 焼肉弁当の喫食あり)の検便からEHEC O157が検出され, MLVA型も21m0040であったが, 同居の食中毒患者との接触感染の可能性も考えられた。さらに, 6月1日に届出のあったEHEC O157感染症1名(有症, Fグループ)の検便由来株のMLVA型が21m0039であることが確認され, 本事例との関係が強く疑われたが, 当該店の利用有無については不明であった。
上記以外では, 国立感染症研究所と地方衛生研究所で共有しているMLVAリストに, 本食中毒事例と一致する型は2022(令和4)年3月末時点で報告されていない。

■考察

今般の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行拡大を受け, これまで客席での飲食物の提供を主に行っていた飲食店が, 弁当などのテイクアウトやデリバリーといったサービスを新たに開始し, 事業転換するケースが増えている。
本事例では, オンライン注文・配達サイトからの予約客の連絡先や配達過程の温度管理等について, サイト運営者からの情報提供を得ることは困難であり, 喫食者からの聞き取り調査が可能であったのは, 当該店に直接予約した客のみであった。
今後も, 新しい生活様式の普及にともない, 食品業界においても多様なサービスが展開されると考えられるが, 新たな業態における食中毒調査・処理を迅速・的確に行ううえで, 円滑な情報管理等の環境整備が望まれる。
また, 営業届出の対象となっていない「運搬」を担う個人事業主等の事業者や, サービスを享受する消費者に正しい知識を普及し, 適切な選択や行動に導く啓発も行政課題として一層重要となっている。
本食中毒の発生時, 当該店では衛生管理計画書は作成されておらず, キムチの原材料となる白菜は殺菌工程がなく, 交差汚染防止策も不十分であった。このことから, 支所では, 再発防止の一環として, 原材料や調理器具類の消毒等を工程管理として取り入れるよう, 参考となる手引き書の説明を行い, キムチの製造方法の見直しについて指導した。
2021(令和3)年6月からは, HACCPに沿った衛生管理が原則, すべての食品事業者に義務付けられているが, 取り扱う食品や業態の特性等に応じた計画的な衛生管理の必要性をわかりやすく指導し, 安全な食品の提供のための自主管理を向上させることの重要性が改めて認識された。
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