2022/06/20【新型コロナウイルス:COVID-19】新型コロナの根絶はおそらく不可能、感染症専門医が語る課題
しばしば「新型コロナウイルスはなくすことができないのか?」という質問を受けることがある。その質問に対する意外に長い私の答えに驚く人も多い。
ウイルスに関する豊富な知識と高度な医学研究能力を持っているにもかかわらず、私たちがこれまでに撲滅できた人間の病気は天然痘だけだ。天然痘は、何百万人もの人命を奪い、無数の人を傷つけ、失明させ、生き残った人々にも醜い傷跡を残した、歴史上最も悲惨な災厄の一つだ。人類からこの病気を取り除くことができたことは、公衆衛生の輝かしい成果の一つなのだ。
そのため、新型コロナウイルスの撲滅の可能性を考えるとき、天然痘のどのような特性がその撲滅に寄与したのかを評価し、新型コロナウイルスの原因であるSARS-CoV-2ウイルス(新型コロナウイルス)がそれに比べてどうなのかを考えることは有益なことだ。
考えるべきは「1. ウイルスの特性」「2. 症状の現れ方」「3. ワクチンの特性」「4. 当時の社会の様相」という4つの側面だ。新型コロナウイルスに関して最もありえるシナリオは、世界的に広く感染が広がるパンデミックの脅威から、インフルエンザなどの季節性ウイルスと同様に集団で定期的に循環する風土病問題へと移行することだ。
1. ウイルスの特性
天然痘は人間にしか感染しない。またキャリア状態(無症状だが他者に感染させる状態)は存在しない。つまり、ウイルスを感染させながら無症状に留まる人や動物は存在しないのだ。もし、病気から回復したなら、それ以上感染させることはない。つまり、一度ヒトの間から病気をなくしてしまえば、将来再びヒトに感染する可能性のあるウイルスが動物によって保持され続けることもない。
だがSARS-CoV-2では事情は異なっている。このウイルスは自然界ではコウモリに感染し、猫、犬、フェレット、ハムスターといった人間のペットを含む他の動物にも感染する可能性がある。動物からヒトへの感染はあまり見られないとはいえ、仮のヒトの新型コロナウイルスを排除できたとしても、いずれ動物からヒトに感染が再び持ち込まれるというリスクは残る。
天然痘のゲノムはDNAだが、SARS-CoV-2のゲノムはRNAである。この単純な違いが非常に大きな意味を持っている。なぜならDNAはより安定しているため、ワクチンや診断薬、治療薬などの対策が長期にわたって天然痘ウイルスに対して有効であり続けるからだ。SARS-CoV-2の場合、ウイルスが次々と新型を生み出し、ワクチンや治療薬の効果を低下させてきた。要するに私たちは常にウイルスの後追いを迫られているのだ。
2. 症状の現れ方
多くの感染症では、患者が体調を崩し、熱や体の痛みがある最初の2、3日は、他の感染症との区別がつきにくいことが多い。天然痘の発疹が最初に現れたときでさえ、水痘、腸チフス、梅毒などの発疹を引き起こす他の病気と天然痘を医師が混同してしまう可能性があるのだ。しかし、顔、手、胸に膿をともなう典型的な病変が生じてしまえば、診断を下すのに高度な技量は不要となる。これこそが天然痘を撲滅するために重要な要素だったのだ。
このおかげで世界のどんな辺鄙(へんぴ)な場所でも患者を特定することができた。感染者を容易に特定できることで、撲滅チームはワクチン接種をどこに集中させるかを戦略的に判断することができるようになった。また、天然痘の潜伏期間は平均10〜14日と長いため(新型コロナウイルスでは変異型により平均3〜6日)、ウイルス曝露後にワクチン接種を行ってもまだ予防効果が期待できる。
新型コロナウイルスにおける重大な課題の1つは、対象となる患者が新型コロナウイルスに感染しているのか、それともインフルエンザ、パラインフルエンザ、ライノウイルス、その他の重症度の低いコロナウイルスなどの無数の呼吸器系ウイルスに感染しているのかを見分けることが困難なことだ。こうした困難に加え、感染者の40%はごく軽度あるいは無症状であることも問題を複雑にしている。そうした傍ら、知らず知らずのうちにウイルスを蔓延させていることもあるのだ。
3. ワクチンの特性
私たちは、新型コロナウイルス向けの新しいワクチンを史上最短の期間で製造することには成功したが、その一方で、ワクチンによる免疫力は短命であり、防御力を維持するためにはブーストが必要であることを徐々に学んできた。これは天然痘のときの事態とはまったく違う。天然痘ワクチンは、長期間にわたる免疫を提供し、一生重症化を抑え続けられる可能性がある。一度のワクチン接種で済むのであれば、集団全体を守ることはとても容易だ。
また、天然痘ワクチンのもう一つの重要な特性は、ワクチンの効力を維持するために冷蔵を必要としないことだ。このため公衆衛生担当者は世界の最も辺鄙な地域、電気のない地域でもワクチン接種ができた。
天然痘ワクチンは、使う直前まで瓶の中で凍結乾燥されていた。そして接種担当者が滅菌した注射液に溶かした生ワクチンを、小さなフォークのような形をした特殊な2本針で皮膚に接種したのだ。
このワクチンは、皮膚に局所的な膿のポケットを作り、消えない傷跡を残すので、ワクチンカードがなくても、ワクチン接種が成功したことを生涯にわたって証明することができる。使った注射針は、その日の作業後にまとめて煮沸消毒を行い、翌日には再利用することができた。ワクチン接種担当者は、機材を袋に詰めて、遠くまで出かけていくことができたのだ。
現在の新型コロナウイルスワクチンで同様のことを行うのは非常に困難だ。なぜなら、ワクチンを生存させるためには、電力線、発電機、バッテリーなどの電源が必要であり、それらは遠隔地ではそう簡単には調達できないからだ。
4. 社会の様相
天然痘の撲滅には、1900年代(20世紀)の社会的な様相も影響している。当時は移動人口が少なかった。天然痘は何世紀もかけて、船舶の速さで世界中を移動していた。これに対して新型コロナウイルスは、わずか数週間で、ジェット機のようなスピードで世界中を移動した。
1900年代にはまた、科学とワクチンが医療問題を解決することができると強く信じられていた。1947年にニューヨークで発生した天然痘の大流行では、防寒着を着た人々が予防接種を受けるために数ブロックに及ぶ長い列を作っている写真が残されている。これは皆の決意の表れだった。それが今、米国では新型コロナウイルスの出現から2年以上経過しているにもかかわらず、国民の66.7%しか予防接種を受けていない。
病気をなくすには、意思と行動の統一が必要なのだ。天然痘の根絶には、国際的な合意が大きな役割を果たした。実際、この動きを最初に提案したのは当時のソビエト連邦だったのだ。それがどういうわけか、今の私たちには、国際的にもアメリカ国内でも、そのような協力関係は実現できていないように思える。新型コロナウイルスは、統一的な対応策を構築する際の課題の多くを明らかにした。
政治的意志の強化は、病気の重症度にも左右される。天然痘は患者の30%が死亡し、患者は数日で全身を膿を伴う病巣で覆われた。こうした目に見える影響を無視したり、否定したりすることは、それほど簡単ではないだろう。これに比べて新型コロナウイルスの死亡率ははるかに少ない。
■新型コロナウイルスは根絶できるか?
こうした2種類のウイルスの比較と、引き起こす病気の違いから、私は新型コロナウイルスの根絶に対して極めて懐疑的だ。この先も残り続けるのではないかと思っている。とはいえ、悲観的で悲劇的なことばかりだと言いたいわけではない。
人類は、新型コロナウイルスとの短い付き合いの中でも、効果的なワクチン、治療法、診断法を迅速に生み出してこれたからだ。私たちはこの病気を、集中治療室を満床にし医療制度を崩壊させかけたものから、(最も弱い人々にとっては依然としてリスクであるものの)ワクチン接種者の多くにとっては今や「ひどい風邪」を引き起こす程度のものへと変えることに成功したのだ。
今後も、この病気をうまく飼い慣らすための新しい方法を開発していけるだろうと楽観視している。また、次のパンデミックへの備えを何か学べたと思いたい。私たちはきっとより大きな目的とより強い団結を掲げて、より早く動くことができるだろう。
本稿の著者であるマーク・コルテピーター(Mark Kortepeter)は感染症専門医、科学者、元米海軍大佐。メリーランド州フォートデトリックにある米陸軍の「ホットゾーン」研究所で自らが対処した感染症やアウトブレイクの危機をサスペンスフルに描いた『Inside the Hot Zone』の著者でもある。