【研究報告】がん細胞を溶かして破壊 ヘルペスウイルスの研究開発進む
様々な感染症などを引き起こすことから、人体への悪影響ばかり懸念されるウイルス。しかしこの“悪者”の攻撃性を使ってがんを撃退するという、コロンブスの卵的な発想から生まれたのが「腫瘍溶解性ウイルス療法」である。
臨床研究に携わってきた名古屋大学大学院医学系研究科の粕谷英樹教授が解説する。
「1990年代半ばから、米国で『ウイルスに感染した小児がん患者の腫瘍が小さくなる』という事例が見られ、ウイルスに抗がん作用があるのではと考えられてきました。実際にここ数年で飛躍的にがんの治療法としての研究開発が進んでいます」
この薬剤の研究開発を進めるタカラバイオ広報担当者が指摘する。
「臨床開発で用いるのは、人間の口周辺にできるヘルペスのウイルスの仲間です。このウイルスはがん細胞に入り込むと、がん細胞を溶かして破壊します。さらにウイルスは増殖して隣のがん細胞を溶かします。
正常な細胞には作用せず、がん細胞だけを溶かすので、副作用を抑えたがん破壊効果も大いに期待できる抗がん剤です」
すでに皮膚がんの一種である「メラノーマ」の企業治験(治験の最終段階)がほぼ終了し、今年中の実用化を目指している。5年生存率が5%以下という「難治性すい臓がん」でも昨年から企業治験が始まっている。
「人類の敵」と疎まれたウイルスが、がん撲滅の救世主となる日はそう遠くないかもしれない。
「新しい薬」ではなく、「新しい薬の運び方」に着目した画期的ながん治療が「ナノマシン」だ。
片岡一則・東京大学大学院工学系研究科教授らの研究グループが開発したもので、直径数十ナノメートル(10億分の1メートル)の極小カプセル「ナノマシン」に抗がん剤を入れて、がん細胞に直接到達させる。この“配達方法”は「ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)」と名付けられている。
医療経済ジャーナリストの室井一辰氏が解説する。
「現在の抗がん剤の最大の課題は、がん細胞をピンポイントで攻撃できず、正常な細胞も攻撃してしまうために様々な副作用が生じることです。DDSの技術向上でこの課題をクリアすれば、がん治療は飛躍的に向上します」
がん細胞は発生すると、増殖するために血液から栄養を取り込もうとして、自らの周囲に血管を寄せ集める。ナノカプセルはこの血管の隙間から侵入して、がん細胞に直接働きかける。
「『ナノマシン』といっても機械仕掛けではなく、カプセルはアミノ酸とブドウ糖でできている。そうすると、体内で異物と認識されにくくなるといわれています。別の研究として、日本では日本化薬のものが開発の最終段階です」