ボツリヌス菌 Clostridium Botulinum
ボツリヌス症の原因細菌で、食品中でボツリヌス菌が増えたときに産生されたボツリヌス毒素を食品とともに摂取したことにより発生するボツリヌス食中毒と、乳児に発生する乳児ボツリヌス症等に分類されます。
この毒素は、現在知られている自然界の毒素の中では最強の毒力があるといわれています。
病原体について
ボツリヌス症の病原体は、ボツリヌス菌と呼ばれます。
ボツリヌス菌は、土の中でよく見られる菌です。酸素が少ない環境下でよく生育する嫌気性菌です。不利な環境下では、芽胞を形成して生き残ります。
ボツリヌス菌の芽胞は、100度で数時間加熱しても生き残ることがあります。ただし、高湿の120度の30分の加熱では死滅します。
ボツリヌス菌には、A型からG型までの七種類あります。このうち、A、B、C、E、F型がヒトに病気を起こしています。なお、C、D、E型は哺乳類、鳥類、魚類に病気を起こしています。また、A型からG型までの七種類いずれも神経に対して毒性を発揮する毒素である神経毒を産生します。ボツリヌス菌のA型、B型、C型、D型、E型、F型、G型は、それぞれ、A型、B型、C型、D型、E型、F型、G型の毒素を産生します。
まれに、主要な毒素のほかに少量の他の型の毒素も産生する株も知られていて、主要な毒素を大文字で、少量の他の型の毒素を小文字で示して、Ab型、 Af型、Ba型、Bf型のように表記されることがあります。
特徴
ボツリヌス菌は土壌や海、湖、川などの泥砂中に分布している嫌気性菌で、熱に強い芽胞を形成します。
この菌による食中毒は、欧米では古くから「腸詰め中毒」として恐れられ、適切な治療を受けないと死亡率が30 % 以上といわれる恐ろしい食中毒です。これは、この細菌が食品中など一定の発育条件(酸素がなく、水分、栄養分や温度が菌の発育に適した状態、温度3.3℃、pH4.6 以上) がそろうと猛毒の ボツリヌス毒素(神経毒)を作るからです。この毒素は、現在知られている自然界の毒素の中では最強の毒力があるといわれています。
ボツリヌス症は、食品中でボツリヌス菌が増えたときに産生されたボツリヌス毒素を食品とともに摂取したことにより発生するボツリヌス食中毒と、乳児に発生する乳児ボツリヌス症等に分類されます。
潜伏期間と主な症状
ボツリヌス食中毒では、ボツリヌス毒素が産生された食品を摂取後、8~36時間で、吐き気、おう吐や視力障害、言語障害、嚥下困難 (物を飲み込みづらくなる)などの神経症状が現れるのが特徴で、重症例では呼吸麻痺により死亡します。
ボツリヌス食中毒は、2012年までに国内で110件以上発生しています。最近では、2012年3月に発生しています。これら以外にも、食中毒とは 断定できずに原因不明ボツリヌス症とされた事例が、2011年と2012年に各1事例報告されています。
乳児ボツリヌス症は、1歳未満の乳児にみられるボツリヌス症です。
乳児では、ボツリヌス菌の芽胞を摂取すると腸管内で菌が増殖し、産生された毒素が吸収されてボツリヌス菌による症状を起こすことがあります。症状は、便秘状態が数日間続き、全身の筋力が低下する脱力状態になり、哺乳力の低下、泣き声が小さくなる等、筋肉が弛緩することによる麻痺症状が特徴です。
国内では、1986年に初めて報告されて以降、2012年までに31事例の乳児ボツリヌス症が報告されています。米国では、毎年100例以上のボツリヌス症が報告されていますが、その約7割は乳児ボツリヌス症です。
ボツリヌス症は、ボツリヌス菌によって作られた毒素によって起こる筋肉が麻痺してしまう病気(中毒)です。
呼吸に使う筋肉も麻痺して動かなくなってしまうので、人工呼吸器による呼吸の補助がなければ、死が避けがたい病気(中毒)です。人工呼吸器による呼吸の補助をすることにより、多くの患者は、数週間から数ヶ月で回復します。
ボツリヌス菌は、食中毒 を起こす細菌である食中毒菌の一つに数えられています。
食中毒菌は感染型の食中毒菌と毒素型の食中毒菌とに大別されますが、ボツリヌス菌は、ブドウ球菌とともに毒素型の食中毒菌の代表です。
感染型の食中毒では、食物中の感染型の食中毒菌が、食物と一緒に口の中に入り、ヒトに感染を起こします。これに対し、毒素型の食中毒では、食品中で毒素型の食中毒菌が増殖し、増殖に伴って毒素を作ります。この毒素が食品とともに口の中に入って吸収され、ヒトに中毒を起こします。
ボツリヌス菌による食中毒では死者が出る場合もあります。このボツリヌス菌の毒素の毒性の強さから、ボツリヌス菌の毒素が、テロリストによって生物兵器として使われるのではないかと心配されています。
原因となる食品
通常、酸素のない状態になっている食品が原因となりやすく、ビン詰、缶詰、容器包装詰め食品、保存食品(ビン詰、缶詰は特に自家製のもの)を原因として食中毒が発生しています。
国内では、北海道や東北地方の特産である魚の発酵食品「いずし」による食中毒が、1997年頃までは報告されていましたが、自家製の「いずし」がほとんど作られなくなり、「いずし」によるボツリヌス食中毒もほとんど見られなくなりました。
代わって、容器包装詰め食品(特に、レトルトに類似しているが、120℃4分の加熱処理がなされていないもの)、ビン詰め、自家製の缶詰による食中毒が発生しています。容器包装詰め食品の中でボツリヌス菌が増殖すると、容器は膨張し、開封すると異臭がする場合があります。
乳児ボツリヌス症の原因食品として、以前は蜂蜜がありました。1987年10月に1歳未満の乳児には蜂蜜を与えないようにと当時の厚生省が通知を出して以降、蜂蜜を原因とする事例は減少しました。蜂蜜以外、原因食品が確認された事例はほとんどありませんが、東京都で発生した事例で自家製野菜スープが感染源と推定されたものがありました。
注意すること
ボツリヌス菌の芽胞は土壌に広く分布しているため、 食品原材料の汚染防止は困難です。
ボツリヌス食中毒の予防には、食品中での菌の増殖を抑えることが重要です。
ボツリヌス菌による食中毒予防のポイント
- 容器包装詰加圧加熱殺菌食品(レトルトパウチ食品)や大部分の缶詰は、120℃4分間以上の加熱が行われているので、常温保存可能ですが、これとまぎらわしい形態の食品も流通しています。
- 「食品を気密性のある容器に入れ、密封した後、加圧加熱殺菌」という表示の無い食品、あるいは「要冷蔵」「10℃以下で保存してください」などの表示のある場合は、必ず冷蔵保存して期限内に消費してください。
- 真空パックや缶詰が膨張している場合や、食品に異臭(酪酸臭)があるときには絶対に食べないでください。
- ボツリヌス菌は熱に強い芽胞を作るため、120℃4分間(あるいは100℃6時間)以上の加熱をしなければ完全に死滅しません。そのため、 家庭で缶詰、真空パック、びん詰、「いずし」などをつくる場合には、原材料を十分に洗浄し、加熱殺菌の温度や保存の方法に十分注意しないと危険です。 保存は、3℃未満で冷蔵又はマイナス18℃以下で冷凍しましょう。
- 食中毒症状の直接の原因であるボツリヌス毒素は、80℃30分間(100℃なら数分以上)の加熱で失活するので、食べる直前に十分に加熱すると効果的です。
- 乳児ボツリヌス症の予防のため、1歳未満の乳児には、ボツリヌス菌の芽胞に汚染される可能性のある食品(蜂蜜等)を食べさせるのは避けてください。