エンテロウイルス Entero Virus
子どもの夏風邪や手足口病、ヘルパンギーナ、髄膜炎の原因ウイルスです。
病原体について
エンテロウイルス属は、ピコルナウイルス科に属します。ピコルナウイルスは小さなウイルスです。
エンテロウイルスは、ポリオウイルス、コクサッキーAウイルス、コクサッキーBウイルス、エコーウイルス、その他のエンテロウイルスで構成されるウイルスの総称であり、日常的な腸管感染症として市中に蔓延しています。エンテロとは「腸」を意味しており、ヒトに感染症を起こすエンテロウイルスは64種類以上あります。
病原体の種類
ポリオウイルス
・ポリオウイルス1~3
エンテロウイルスA
・コクサッキーウイルスA 2、3、5、7、8、10、12、14、16
・エンテロウイルス71
エンテロウイルスB
・コクサッキーウイルスA 9、
・コクサッキーウイルスB 1~6、
・エコーウイルス 1~7、9、11~21、24~27、29~33、
・エンテロウイルス69
エンテロウイルスC
・コクサッキーウイルスA 1、11、13、15、17~22、24
エンテロウイルスD
・エンテロウイルス68、70
上記の種に分類されず
・コクサッキーウイルスA 4、6
・3種類のポリオウイルス
(急性灰白髄炎、ポリオあるいは小児麻痺とも呼ばれる感染症の原因:1型・2型・3型)
・23種類のコクサッキーウイルスA群
(ヘルパンギ~ナ・手足口病の原因:1型~22型・24型)
・6種類のコクサッキーウイルスB群
(1型~6型)
・28種類のエコーウイルス
(1型~7型・9型・11型~21型・24型~27型・29型~33型)
・4種類以上のその他のエンテロウイルス
(手足口病の原因:68型~71型、その他)
エンテロウイルス属で最初に分離されたのは、ポリオウイルスで1919年のことです。
特徴
エンテロウイルスによる感染症は、夏から秋にかけて多く発生します。
子どもの夏のカゼの代表としてよくあげられる手足口病やヘルパンギーナを起こすウイルスは、エンテロウイルスに属します。
1970~2005年に米国CDC(疾病管理・予防センター)に報告されたエンテロウイルス検出情報をまとめた研究報告がありますが、エンテロウイルスが検出された検体が採取された月は、採取された月が分かっているものの中で、6月~10月が77.9%を占めます。8月が22.3%を占め一番多いです。年齢については、年齢が分かっているものの中で、0歳が44.2%と一番多いです。1~4歳が15.0%、5~9歳が11.6%、10~19歳が11.9%、20歳以上が17.3%と、乳幼児が多いです。性別については、性別が分かっているものの中で、男性が57.0%と多いです。この男性が女性より多いことが明らかなのは20歳未満に限られます。20歳以上になると、女性の方が家庭等で乳幼児に関わることが多いことでエンテロウイルスへの曝露が多くなり、この男性が女性より多いことが明らかでなくなると考えられます。
ときとして、エンテロウイルスによる髄膜炎が、地域的あるいは全国的に流行を見せることがあります。
1989年から1992年の間および2003年に、アメリカ合衆国では、エコーウイルス30型による髄膜炎の流行が見られました。
2001年には、アメリカ合衆国で、エコーウイルス13型およびエコーウイルス18型による髄膜炎の流行が見られました。
潜伏期間と主な症状
エンテロウイルスに感染してから発病するまでの潜伏期間は、通常、3~7日間です。
エンテロウイルスに感染後約3日後から、発病して10日後までの間が、通常、他の人にウイルスを広げる恐れがあります。
エンテロウイルスに感染しても、不顕性感染と言って、何の症状もない人が多いです。症状が出る場合、「かぜ」のような上気道炎症状(「夏かぜ」)、あるいは、発熱と筋肉痛を伴ったインフルエンザのような症状、あるいは、発疹が出る場合があります。
多くはありませんが、ウイルス性髄膜炎を起こす場合もあります。まれに心筋炎や脳炎を起こし麻痺をきたすこともあります。若年性の糖尿病(1型糖尿病)の発症に関与しているとの説もあります(コクサッキーウイルスB5型)。新生児がエンテロウイルスに感染した場合、まれに、肝臓・心臓を含む多くの臓器に感染を起こし死亡する場合もあります。
誰でもエンテロウイルスに感染する可能性があります。小さな子どもの方が感染しやすいですが、おとなもそのエンテロウイルスに対する免疫を持っていなければ、子どもと同様に感染する可能性があります。
エンテロウイルスは、感染した人の気道の分泌物(例えば、唾液、痰、鼻の粘液)の中に出てきます。
この分泌物が付着したものをなめたり、触れた手をなめたりして、ウイルスを自分の口やのどの粘膜に運ぶことによって、周囲の人が感染することがあります。また、エンテロウイルスは便の中にも存在するので、患児のおしめを替えるときなどに、手に便が付着しよく手を洗わないで食事などでウイルスを自分の口に運ぶことによって、周囲の人が感染することがあります。
通常、ウイルス性髄膜炎を起こした場合でも、7~10日で、長期に残る後遺症もなく回復することが多いです。
細菌性髄膜炎に比べると軽症です。しかし、脳炎や麻痺を起こした場合には、十分には回復しないことがあります。拡張性心筋症や糖尿病を起こした人は、その疾患に対する長期の治療を必要とします。
エンテロウイルスはたいへんありふれたウイルスであり、特に夏や秋には、妊婦も接触する機会が多いと考えられます。
免疫を持っていないエンテロウイルスに接触すれば、妊婦は、そのエンテロウイルスに感染する恐れがあります。
妊娠中にエンテロウイルスに感染しても、たいていの場合は、軽い症状を起こすか、あるいは何の症状もありません。しかし、出産の直前の時期に妊婦が感染すると、新生児がエンテロウイルスに感染する恐れがあります。分娩前後で母親にエンテロウイルス感染症の症状が出ているとエンテロウイルスに新生児は感染しやすいです。感染した新生児は、通常は軽い症状を起こすだけですが、まれに、肝臓・心臓を含む多くの臓器に感染を起こし死亡する場合もあります。生まれてから二週間の間に感染した新生児で重症化する率が一番高いです。エンテロウイルス感染症は、健康な妊娠・出産のために注意したい感染症の一つです。
エンテロウイルスの内、コクサッキーウイルスB群やエコーウイルス11型、エコーウイルス19型が、命に関わるような重篤な症状を新生児に起こすことがあります。
特に母親が抗体を持っていない場合には重症となる確率が高まり、死亡や神経発達の遅滞につながる可能性もあります。新生児の命に関わるような重篤な症状としては、脳心筋炎(脳脊髄炎と重篤な心筋炎、しばしば心不全となる)や出血肝炎症候群(肝不全と播種性血管内凝固とを伴った劇症肝炎)が見られることがあります。
手足口病
乳幼児やこどもでよく見られる病気です。
発熱、口の中の痛み、水疱を伴った発疹が特徴です。軽い発熱と食欲不振・気分不快で始まり、しばしばのどの痛みを伴います。
発熱が始まってから1日か2日で口の中の痛みが出現します。
口の中に小紅斑が出現し、水疱性発疹となり、しばしば小さな潰瘍となります。それらは通常、舌や歯茎、頬の内側の部分に出現します。
皮膚の発疹は、1日から2日で小紅斑から盛り上がり、水疱を伴うこともあります。発疹は、かゆくなく、通常手のひらや足の裏に出現します。発疹はおしりにも出現することがあります。
口の中の潰瘍だけの場合や、皮膚の発疹だけの場合もあります。だからといって「手足口おしり病」、「口病」、「手足病」などとは言いません。「手足口病」は、確固たる病名で、英語では、hand foot and mouth disease(HFMD)と言います。英語でfoot-and-mouth disease(FMD)というまぎらわしい病名の病気(口蹄疫)がありますが、これは、違うウイルスによる家畜の病気で、手足口病とは全く何の関係もありません。
ヘルパンギーナ
ヘルパンギーナは、ウイルスによって起こされる口の中とのどの炎症です。1歳から10歳までの小さなこどもたちがかかる場合がほとんどです。
発熱とのどの痛みが特徴です。のどが真っ赤になりますが、特に口の中の天井の奥の方の「軟口蓋」と言われる部分を中心に、周囲に赤みを伴った、小さな直径が1mmから2mmほどの水疱が何か所(2~20カ所。平均的には4~5ヶ所。)かでき、やがて小さな潰瘍となります。潰瘍の部分は白色から灰色に見えます。これが飲食のとき痛みます。味が濃い食物(特に刺激物や塩味、酸味のもの)は、潰瘍部への刺激が強く痛むので避けましょう。オレンジジュースなど柑橘系のジュースは酸味があり避けた方が良いでしょう。
熱くないミルク・牛乳が比較的痛みが少なく摂取できる場合もあります。あまり噛まなくて良い消化の良い食物が良いです。
飲食時の痛みのために、十分な飲食ができずに脱水状態となり、医療機関で点滴治療を受ける患者もいます。
口の中の潰瘍と水疱は、3日間から5日間ほど続きますが、発病から1週間もすれば飲食時の痛みは楽になります。
口の中の潰瘍と水疱は、特徴的な病変ですが、この特徴的な病変よりも、高熱・のどの痛み・頭痛(頭痛はない場合もあります)が先に出現します。発熱は40度程度の高熱が急に出て来る場合もあり、そのため熱性痙攣を起こすこどももいます。発熱は、2日間から3日間ほど続きます。
通常は、合併症や後遺症もなく、一週間以内に治ります。まれに、髄膜炎を合併することがあります。発熱・頭痛・嘔吐がひどいときには、早めに医療機関に受診しましょう。
ヘルパンギーナに対する特効薬はありません。医療機関での治療としては、高熱に対して解熱剤が使われたりします。
注意すること
- 便ばかりでなく唾液、痰、鼻の粘膜にウイルスが排出されるため、手を介して感染し易く、腸管感染症は手洗いが大切です。
- ピコルナウイルスであるエンテロウイルスはアルコールで死滅しないが次亜塩素酸ナトリウムではすぐに死滅します。